高校野球

【野球人が紡ぐ言葉と思い】「根っこができてくれば、より深く、より広くなる」――前橋育英高・荒井直樹監督の"教育力"

氏原英明

2020.05.06

『凡事徹底』をスローガンに、13年夏の甲子園で初出場初優勝を果たした前橋育英高の荒井監督。チームの勝利と選手の人間教育を両立させる稀有な指揮官だ。写真:朝日新聞社

「根っこ――つまり土台ができてくれば、より深く、より広くなる」(前橋育英高・荒井直樹監督)

 2013年、前橋育英高は史上15度目の夏の甲子園初出場初優勝を成し遂げた。派手さはないが堅実な守備で頂点をつかみ取った、まさに『凡事徹底』のスローガン通りのチームだった。

『凡事徹底』とは、「平凡なことを非凡に努める。誰でもできることを、誰よりも負けないくらい、徹底してやり続ける」という意味だ。株式会社イエローハットの創始者であり、NPO法人「日本を美しくする会」の顧問・鍵山秀三郎氏の言葉として広く知られている。

 この言葉をチームに浸透させたのが、02年に就任した荒井直樹監督だ。当時のチーム状態はまさに最悪で、部員の問題行動も多かった。そんな状態では当然、試合でも勝てるはずがない。まずは精神的な教育が必要だと感じた荒井監督は、部員全員で近隣の掃除をすることを習慣にした。

「選手たちにとって一番大事なのは野球なんですけど、野球以外のことをどれだけきっちりやれるかにポイントを置きました。野球が好きだからこそ、それ以外の時間を大切にする。そうすることで、より野球をやっている時間が充実すると考えました。野球をおろそかにしているのではなく、野球以外の時間で自分を磨くということです」

 最初はぎこちなかった部員たちも、続けていくうちに毎朝ゴミ拾いをするまでになった。初めはただ拾っていただけだったのが、続けるうちに見落としていたゴミはないかと考えるようにもなった。そうして培われた注意力や向上心が、野球の練習や試合においても「気付き」を生むようになるのだ。
 
「技術的なことを追いかけていくには限界があるんです。それよりも、普段の生活、掃除をしっかりやる。それらの取り組みはみんなができることなんです。みんなができることをみんなでやっていくと、チームとしての根っこができていく。根っこ――つまり土台ができてくれば、より深く、より広くなる」

 そうして培われたチームワークと堅実さが、13年の全国制覇につながった。

「『特効薬はない』と、いつも選手たちに言っています。栄養があるものを急に食べたから元気になるわけじゃない。同じことを続けて、これをやらないと気持ちが悪いというくらい同じことを繰り返しやるのが大事なのだと取り組んできました。普段の生活、普段の練習をきっちりすることを続けて大きな力になりました」

 指揮官というより教育者といった荒井監督の姿勢は、勝利至上主義に囚われた他の私立高とは一線を画する。大半の指導者たちが忘れてしまった「人を育てる」という『凡事』を、誰よりも『徹底』しているからこそできる、荒井監督だけの指導法なのだろう。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。