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プレミア12のベストナイン捕手クラッツが現役引退。若手にも慕われた心優しき女房役に「将来は監督」との声も

宇根夏樹

2020.11.21

心優しい性格のクラッツは、若手投手にとってまるで父親のような存在だった。(C)Getty Images

 昨年のプレミア12でアメリカ代表の一員としてプレーし、大会ベストナインにも選ばれたエリック・クラッツ(ヤンキース)が、今季限りで引退することを宣言した。自身のSNSに投稿した動画で、「選手としての来シーズンはない。間違いない。プレーしないことに決めた。何と言えばいいのか分からない。引退を宣言するのは、おこがましい気がする。そうするのは殿堂入りかそれに近い選手、フランチャイズ・プレーヤーだろう」と語った。

 本人が言う通り、クラッツは決して一流選手ではなかった。彼の定位置は"控え捕手"だった。2002年にドラフト29巡目(全体866位)という低順位でブルージェイズに入団し、10年にパイレーツからメジャーデビューした時は、すでに30歳となっていた。そこから40歳まで11年間にわたってマスクをかぶったが、出場70試合以上のシーズンはなく、通算出場はわずか332試合。9チームを渡り歩き、メジャーよりマイナーでプレーすることの方が多かった。

 もちろん、ささやかながらも、いくつかのハイライトは存在する。例えば、ブルワーズにいた18年は、地区シリーズの3試合中2試合に先発出場し、8打数5安打、2打点を記録した。昨秋のプレミア12もその一つで、ほとんどがひと回りかそれ以上若いマイナーリーガーたちと一緒にプレーし、7試合で打率.381、2本塁打、3打点と活躍した。
 
 もっとも、クラッツの真価は別のところにあった。その人柄だ。ヤンキースのアーロン・ブーン監督は「誰からも好かれ、いい影響を与える。周りの人のことを気にかける」と評する。18年のリーグ優勝決定シリーズで、大学時代の友人たちがそれまでクラッツがプレーしたチームのジャージをそれぞれ着て応援に駆けつけたのも、その一例だろう。

 クラッツは若手投手の良き女房役として、面倒をよく見た。昨シーズンは3Aでともに過ごし、今年8月のメジャーデビュー戦でクラッツとバッテリーを組んだデイビー・ガルシアは、倍近く年上のクラッツを「パードレ(神父)」と呼んで慕っている。クラッツ自身も「周囲の選手が成功することに喜びを感じる」と言い、インタビューでガルシアたちについて語った時には涙を流したこともあった。

 今シーズンが終わってから、クラッツ一家は仔犬を飼い始めた。選手生活を終えたら犬を買ってあげると、娘に約束していたという。娘とともに仔犬と過ごす時間を楽しんでいるらしく、しばらくは家族との時間を大事にするらしい。ただ、その人望からすると、コーチあるいは監督として、クラッツが再びユニフォームに袖を通す日は、案外近いかもしれない。

文●宇根夏樹

【著者プロフィール】
うね・なつき/1968年生まれ。三重県出身。『スラッガー』元編集長。現在はフリーライターとして『スラッガー』やYahoo! 個人ニュースなどに寄稿。著書に『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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