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侍ジャパンの盗塁が想起させた、イチローの提言。効率化が進む現代における「頭を使う面白い野球」の価値【WBC】

THE DIGEST編集部

2023.03.01

2019年に東京ドームで引退したイチロー。この時に球界屈指の安打製造機が放った言葉は、実に重みがあるものだった。(C)Getty Images

 2月26日に行なわれた日本代表とソフトバンクの壮行試合をまじまじと見ていて、ふと脳裏によぎった言葉がある。

「2001年に僕がアメリカに来たが、2019年現在の野球は全く別の違う野球になりました。まぁ、頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような……。選手、現場にいる人たちはみんな感じていることだと思うんですけど」

 これは2019年3月21日に東京ドームでのシーズン開幕戦を終えてユニフォームを脱ぐ決断をしたイチローが引退会見で「イチロー選手がいない野球のどんなところを楽しんだらいいか」との問いに対する意見だった。

 この偉才の言葉を思い出させたのは、ソフトバンクと2対2で迎えた9回表1死1塁の局面で、一塁走者となった日本代表の周東佑京(ソフトバンク)が見せた卒のない走塁だった。

 マウンドに立っていた松本裕樹は、お世辞にもクイックが巧いタイプではない。それが頭に入っていたであろう周東は「バッターのことを考えた中で、やっぱ初球が一番チャンスがあるんじゃないかって思ってるんで」と、続く源田壮亮の打席の初球で盗塁を敢行。見事に成功させたうえに、相手捕手の送球ミスを誘って、一気に三塁までも陥れたのである。

 直後に周東は「あの場面で1球目から走るというのは本当にすごいことですし、それで流れがこっちに来た」と語った源田のライト前ヒットの間に悠々とホームイン。考えを張り巡らせたなかでの積極走塁がもたらした勝ち越し点だった。
 
 昨今の球界、とくに"世界最高峰"と言われるメジャーリーグでは、セイバーメトリクスが浸透している。ありとあらゆるデータを重視した野球は選手側にも採り入れられ、対戦相手の攻略に大いに役立っている。

 もちろん良い面はある。データに基づいて相手を攻略するのは、実に効率的で無駄がない。より"勝利"を計算しやすくなる。とりわけ打者への影響は顕著で、平均球速150キロの投手多くの打者がデータを駆使した"最適"と思われるスイングをし、三振覚悟でフライを上げるような打撃を敢行。いわゆる「フライボール革命」だ。これによって本塁打が増加した一方で、三振数も増えた。

 無論、アウトを献上する確率が高くなる盗塁も「得点価値が高くない」とリーグ全体では減少傾向にある。みすみす1アウトを犠牲にする送りバントなんてもってのほかである。

 効率重視の野球はプレーの単調化にも繋がった。皆が一様に似たようなスイングをする画一性を「つまらない」「面白みに欠ける」と指摘する関係者やファンもいる。

 最新機器やデータを使って、効率を重視する。それはともすれば、"頭を使う"と言えるのかもしれない。しかし、イチローの言う「頭を使う」とは違うように思える。
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現代野球では希少な盗塁成功へのプロセス