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MLB

導入から50年以上で受賞者ゼロ。なぜDHはMVPを獲得できなかったのか――大谷が「ガラスの天井」を突き破る可能性<SLUGGER>

出野哲也

2024.07.08

史上初めてのDHによるMVP選出となれば、大谷の偉業にまた新たな1ページが加わる。(C)Getty Images

史上初めてのDHによるMVP選出となれば、大谷の偉業にまた新たな1ページが加わる。(C)Getty Images

 大谷翔平(ドジャース)が、またしても前人未踏の領域に足を踏み入れるかもしれない。史上最高の二刀流選手としての地位を確立し、現役最強プレーヤーであることも誰もが認めている。その大谷が新たに手にしようとしている栄誉、それは「指名打者(DH)として初のMVP」である。

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 1973年にアメリカン・リーグでDH制が導入されから、すでに半世紀以上が経過した。しかしこの間、DHが専門の選手がMVPに選ばれたことは一度もない。79年にMVPを受賞したドン・ベイラー(エンジェルス)は、65試合にDHで起用されていたけれども、外野手としての出場は97試合とそれより多かった。2021、23年の大谷は、ポジション別ではDHでの出場数が一番多かったが、投手兼任という例外的な存在だった。DHとしての打撃力「のみ」を評価されてMVPになった選手は皆無なのだ。

 なぜこれまでDHはMVPになれなかったのか? 理由は明白だ。同じくらいの打撃成績を残していたとしたら、守備をこなしながらの選手と、打つだけのDHでは、どちらの貢献度が高いかは説明するまでもない。守りにつく選手を大きく上回るような、圧倒的な打撃成績を残さない限り、DHはMVPにふさわしいとは言えないのだ。

 過去には多くの好打者が、この“DHの壁”に跳ね返されてMVPになれずにいた。例えば93年のポール・モリター(ブルージェイズ)はリーグ最多の211安打のほか、打率.322は2位で111打点(8位)を叩き出しながら、投票では2位。2000年のフランク・トーマス(ホワイトソックス)も打率.328(9位)、43本塁打(2位)、143打点(3位)だったが、同じく投票では次点だった。05年のデビッド・オティーズ(レッドソックス)は47本塁打(2位)、148打点(1位)、OPS1.001(3位)。28人の記者のうち11人から1位票を得たものの、アレックス・ロドリゲス(ヤンキース)に及ばず2位だった。

 ただし、総合勝利貢献度指標WAR(ベースボール・レファレンス版)によって貢献度を測ると、これらの投票結果は妥当であった。モリターはWAR5.6でリーグ20位でしかなく、トーマスは6.0で10位、オティーズは5.2で11位。WARの数値がMVP投票にも大きな影響を与える現代だったら、3人ともMVP候補にすら挙げられなかっただろう。むしろ以前の方が、守備の価値が正確に見積もられておらず、DHが過大評価される傾向があったとも言える。

 だが、今季の大谷は違う。7月に入ってからは6打席連続三振を喫するなど、一時ほどの調子ではなくなっているが、それでも6日終了時点で打率.317、28本塁打、長打率.643はいずれもリーグ首位。65打点は7点差の3位、出塁率.402は5厘差の4位。OPS1.044は2位のブライス・ハーパー(フィリーズ)に.064差をつけてトップである。三冠王も夢ではない位置につけているのだ。
 
 その結果、出場全試合でDHとして起用されていても、WAR5.1は2位に0.8ポイント差の1位。WARの計算式では、守備につかないDHはマイナスの修正値が組み込まれているが、純粋に攻撃力だけのWARだと2位に1.1ポイントの大差をつけているのだ。このままシーズン終了まで1位を保てるとしたら、DHでは史上初めてのWAR1位となり、そうすればMVP投票でも最有力候補になる。

 シーズン序盤では大谷を上回るWARを記録していたムーキー・ベッツ(ドジャース)はケガで離脱中。昨年のナ・リーグMVP、ロナルド・アクーニャJr.(ブレーブス)はシーズン終了、さらにはハーパーまでもが故障で離脱するなど、ライバルたちが相次いで脱落しているのも大谷を後押ししている。

 それでもなお、DHのMVPに難色を示す向きもある。例えば『USAトゥデイ』のベテラン記者ボブ・ナイティンゲールは、前半戦のMVPとして大谷ではなくハーパーを選出した。フィリーズがリーグ最高勝率を記録していることもあるだろうが、ナイティンゲールは「ハーパーは一塁守備も素晴らしい」と説明してもいる。明言しているわけではなくとも、WARがトップだからと言って、DH専門の大谷をMVPに推すには抵抗がある様子が窺える。WARが市民権を得るずっと前から活動していたナイティンゲールのような古株だと、そうした傾向はより強いだろう。

 だが、大谷はこうした記者たちも納得せざるを得ないほどの大記録を打ち立てる可能性がある。すでに述べたように、三冠王は十分に射程圏内。ア・リーグでは12年にミゲル・カブレラ(タイガース)が三冠を占めたが、ナ・リーグでは37年のジョー・メドウィック(カーディナルス)が最後で、大谷が三冠王となれば87年ぶりの快挙だ。

 また、現在のペースを維持すれば最終成績は194安打、50本塁打、32盗塁となる。これまで50本塁打を打った打者の最多盗塁は24個(51年のウィリー・メイズと07年のロドリゲス)。大谷が50本&25盗塁に届くなら史上初であり、昨季40本&70盗塁を記録したアクーニャ並みのインパクトがある。また200安打&50本塁打も過去4人だけで、ナ・リーグでは30年のハック・ウィルソン(カブス)のみ。こちらは94年ぶり2人目となる。WARがリーグ1位で、なおかつこの3つの大記録のどれか一つでも達成すれば、DHだからといって大谷のMVPを否定するのは難しいだろう。

 もちろん、シーズンはまだ半分強が過ぎたばかり。後半戦でスランプに陥ったり、故障で戦列を離れたりする可能性はあるのだから、まだMVPを云々するのは早すぎる。とはいえ大谷が歴史的なパフォーマンスを繰り広げているのは事実であり、とてつもない選手を目にしているのだと改めて気づかされる。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。

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