筆者は仙台育英の方にも取材に行った。こちらも、特に監督の言葉で選手たちがネガティブになったような様子はなかった。だが、須江航監督の言葉を聞いた時、指導者がどんな声をかけたか、かけていないかに関係なく、両チームに生まれている文化の違いはとてつもなく大きいと思った。
須江監督はこう言っていた。
「きょうは粘り強い野球が求められていたと思うんですね。フライは野球において悪じゃないんですけど、時によってとても重くなってしまう野球のアヤでもあると思う。だから、そこを粘り強くしなきゃいけなかったけど、させてくれなかった」
仙台育英は、現代の高校野球の「勝つ」という部分においては最先端をいっていると思う。だからこそ、あと一歩で史上7校目の夏連覇を達成できるところまで来た。だが、王道の「勝つための野球」である一方、時に高校野球のセオリーに縛られるところが、今日のような試合では慶応との差が出てしまった要因だろう。
先頭打者弾から始まった展開を、須江監督は「一番(警戒心が)薄いものだった」と振り返っている。いわば、セオリー通りでないことが起きたことに対する備えをしていなかったことを悔いたのだ。だが、そのように考えてしまうマインドは、慶応には存在しなかった。
13安打8得点。チャンスに畳み掛ける慶応の攻撃は見事だった。この日も、スクイズを3度も失敗した準決勝の時も、慶応の攻撃に普通では考えられないミスが少なくなかった。だが、それは指揮官による普段からの導きがセオリーと異なっているからで、結果として107年ぶりの優勝に導いた大きな要因でもあると言えよう。
森林監督は大会中、「多様性ある野球を発信したい」と口にしていた。それはある意味で、今の高校野球へのアンチテーゼであり、新たな時代へのメッセージともいえるだろう。
森林監督は言う。
「指導者や監督から言われたことをやるだけの人材って、これからの世の中にあまり必要とされないと思うんです。サイン通りに動くとか、練習も普段の寮生活も含めて指導者の指示通りに動くっていうことだけを良しとしているのであれば、それは人材育成という意味では高校野球はまだまだ足りてない思う。一人一人の個性とか主体性とか、多様性を高校野球の中でもっと追求していくってことが必要かなと感じています。それを証明することができたかなと思います」
決勝戦の舞台で甲子園が揺れることは、過去に何度かあった。
04年の駒大苫小牧しかり、07年の佐賀北しかり。三塁側からの地鳴りのするような応援は、時代が欲していた何かのメッセージをくれる時でもあった。
慶応107年ぶりの全国制覇。
高校野球ではやってはいけないミスのオンパレードだった。しかし、そこに屈しない強さが慶応にはあり、それが新しい時代の訪れを感じさせた。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『SLUGGER』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
須江監督はこう言っていた。
「きょうは粘り強い野球が求められていたと思うんですね。フライは野球において悪じゃないんですけど、時によってとても重くなってしまう野球のアヤでもあると思う。だから、そこを粘り強くしなきゃいけなかったけど、させてくれなかった」
仙台育英は、現代の高校野球の「勝つ」という部分においては最先端をいっていると思う。だからこそ、あと一歩で史上7校目の夏連覇を達成できるところまで来た。だが、王道の「勝つための野球」である一方、時に高校野球のセオリーに縛られるところが、今日のような試合では慶応との差が出てしまった要因だろう。
先頭打者弾から始まった展開を、須江監督は「一番(警戒心が)薄いものだった」と振り返っている。いわば、セオリー通りでないことが起きたことに対する備えをしていなかったことを悔いたのだ。だが、そのように考えてしまうマインドは、慶応には存在しなかった。
13安打8得点。チャンスに畳み掛ける慶応の攻撃は見事だった。この日も、スクイズを3度も失敗した準決勝の時も、慶応の攻撃に普通では考えられないミスが少なくなかった。だが、それは指揮官による普段からの導きがセオリーと異なっているからで、結果として107年ぶりの優勝に導いた大きな要因でもあると言えよう。
森林監督は大会中、「多様性ある野球を発信したい」と口にしていた。それはある意味で、今の高校野球へのアンチテーゼであり、新たな時代へのメッセージともいえるだろう。
森林監督は言う。
「指導者や監督から言われたことをやるだけの人材って、これからの世の中にあまり必要とされないと思うんです。サイン通りに動くとか、練習も普段の寮生活も含めて指導者の指示通りに動くっていうことだけを良しとしているのであれば、それは人材育成という意味では高校野球はまだまだ足りてない思う。一人一人の個性とか主体性とか、多様性を高校野球の中でもっと追求していくってことが必要かなと感じています。それを証明することができたかなと思います」
決勝戦の舞台で甲子園が揺れることは、過去に何度かあった。
04年の駒大苫小牧しかり、07年の佐賀北しかり。三塁側からの地鳴りのするような応援は、時代が欲していた何かのメッセージをくれる時でもあった。
慶応107年ぶりの全国制覇。
高校野球ではやってはいけないミスのオンパレードだった。しかし、そこに屈しない強さが慶応にはあり、それが新しい時代の訪れを感じさせた。
取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)
【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『SLUGGER』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
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