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ドラフト外からNBA定着へ――苦労人オニールがその道程を語る「自分はNBA選手なんだといつも信じていた」<DUNKSHOOT>

秋山裕之

2025.11.01

ドラフト外からNBAに定着した苦労人オニールが、その道程を語った。(C)Getty Images

 世界最高のプロバスケットボールリーグ、NBAでプレーするための最短ルートは、まずドラフトで指名されることだろう。そこからチームと契約を結び、サマーリーグでプレー、トレーニングキャンプとプレシーズンゲームでローテーションに入ってレギュラーシーズンの開幕ロスターに名を連ねることだ。

 といっても、NBAのドラフトで指名されるのは現行フォーマットで毎年最大60選手のみ。各チームで本契約を締結できるのは15人、2WAY契約が3枠あるとはいえ、30チームで最大540選手しか抱えることができない。

 そのうえ、チームから契約解除されれば完全FA(フリーエージェント)になるほか、トレードで他チームへ移籍後に戦力構想外とみなされてウェイブ(保有権放棄)されるケースもある。当然、毎年ドラフトで多くのルーキーが入ってくることに加え、世界中から才能ある選手たちが集結するのだから、ひとつのチームに所属し続けることはもちろん、NBAに数年間残り続けることさえ並大抵のことではない。

 そうしたなか、現地時間10月31日にソーシャルメディアへ公開されたポッドキャスト番組『STRAIGHT GAME PODCAST』に、フェニックス・サンズのロイス・オニールがリモート出演。
 
「僕はいつだって、自分がNBAプレーヤーなんだと信じてきた」と語ったオニールは、デンバー大とベイラー大で計4年間プレーするも、2015年のドラフトで指名漏れ。同年夏にボストン・セルティックスの一員としてサマーリーグ出場こそ果たしたものの契約には至らず、2015-16シーズンはドイツでプレーした。

 翌2016年の夏にはロサンゼルス・クリッパーズとゴールデンステイト・ウォリアーズでサマーリーグを経験。そこでもNBA入りには届かず、2016-17シーズンはスペインで過ごした。

 プロキャリア最初の2年をヨーロッパで送ったオニールに転機が訪れたのは、2017年夏のこと。ニューオリンズ・ペリカンズでサマーリーグへ出場後、ユタ・ジャズと契約を結んだ。

 クイン・スナイダーHC(ヘッドコーチ/現アトランタ・ホークス指揮官)の下で2017-18シーズンにローテーション入りし、主力の一角へ定着。ドノバン・ミッチェル(現クリーブランド・キャバリアーズ)やルディ・ゴベア(現ミネソタ・ティンバーウルブズ)らとともに、プレーオフ常連チームに不可欠な選手になった。
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「人それぞれ進む道は違う」とオニール