現地時間8月15日(日本時間16日)、2026年のバスケットボール殿堂入り式典がマサチューセッツ州スプリングフィールドにあるシンフォニー・ホールで行なわれ、功労者部門でフェニックス・サンズ、ヒューストン・ロケッツなどでHC(ヘッドコーチ)を務めたマイク・ダントーニが殿堂入りを果たした。
ダントーニは2003~08年まで指揮したサンズ時代、スティーブ・ナッシュ、アマレ・スタッダマイアー、ショーン・マリオンらを軸とした布陣で“7秒オフェンス”を展開し一世を風靡。2004-05シーズンにはチームを当時の球団新記録となる62勝20敗(勝率75.6%)の好成績に導いた。
また、ロケッツ時代の2017-18シーズンにはジェームズ・ハーデン中心のロスターで、こちらもフランチャイズレコードとなる65勝17敗(勝率79.3%)の見事な成績を残している。
そのほか、デンバー・ナゲッツ、ニューヨーク・ニックス、そしてロサンゼルス・レイカーズでもHCを歴任。なかでも2012-13シーズンのレイカーズ時代は、大きな期待が寄せられていたものの、思うように機能せずに悔しい結末となった。
ダントーニは2012年オフにレイカーズのアシスタントコーチに就任。チームは2009、10年に連覇を達成したコビー・ブライアントとパウ・ガソルの強力デュオに、当時リーグ最強センターだったドワイト・ハワードと、円熟味を増した教え子ナッシュを加えた“スーパーカルテット”を形成していた。
ところが、開幕前の期待とは裏腹にチームはなかなか機能せず、マイク・ブラウンHC(現ニックスHC)、代行HCに入ったバーニー・ビッカースタッフがそれぞれ5試合を終えて相次いで解任され、ダントーニが指揮官に昇格。
ウエスタン・カンファレンス7位の45勝37敗(勝率54.9%)でレギュラーシーズンを乗り切るも、トップスコアラーのコビーをケガで欠いたレイカーズは、プレーオフのファーストラウンドでサンアントニオ・スパーズに4連敗を喫して姿を消した。
ストイックなコビーと陽気なハワードが上手く嚙み合わなかったことに加え、レイカーズと指揮官にとって誤算だったのはナッシュのケガだった。『ESPN』とのインタビューで、ダントーニは当時をこう振り返っている。
ダントーニは2003~08年まで指揮したサンズ時代、スティーブ・ナッシュ、アマレ・スタッダマイアー、ショーン・マリオンらを軸とした布陣で“7秒オフェンス”を展開し一世を風靡。2004-05シーズンにはチームを当時の球団新記録となる62勝20敗(勝率75.6%)の好成績に導いた。
また、ロケッツ時代の2017-18シーズンにはジェームズ・ハーデン中心のロスターで、こちらもフランチャイズレコードとなる65勝17敗(勝率79.3%)の見事な成績を残している。
そのほか、デンバー・ナゲッツ、ニューヨーク・ニックス、そしてロサンゼルス・レイカーズでもHCを歴任。なかでも2012-13シーズンのレイカーズ時代は、大きな期待が寄せられていたものの、思うように機能せずに悔しい結末となった。
ダントーニは2012年オフにレイカーズのアシスタントコーチに就任。チームは2009、10年に連覇を達成したコビー・ブライアントとパウ・ガソルの強力デュオに、当時リーグ最強センターだったドワイト・ハワードと、円熟味を増した教え子ナッシュを加えた“スーパーカルテット”を形成していた。
ところが、開幕前の期待とは裏腹にチームはなかなか機能せず、マイク・ブラウンHC(現ニックスHC)、代行HCに入ったバーニー・ビッカースタッフがそれぞれ5試合を終えて相次いで解任され、ダントーニが指揮官に昇格。
ウエスタン・カンファレンス7位の45勝37敗(勝率54.9%)でレギュラーシーズンを乗り切るも、トップスコアラーのコビーをケガで欠いたレイカーズは、プレーオフのファーストラウンドでサンアントニオ・スパーズに4連敗を喫して姿を消した。
ストイックなコビーと陽気なハワードが上手く嚙み合わなかったことに加え、レイカーズと指揮官にとって誤算だったのはナッシュのケガだった。『ESPN』とのインタビューで、ダントーニは当時をこう振り返っている。





