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“神が聖地へ戻った夜” なぜ今だったのか? メッシの“極秘カンプ・ノウ帰還”が呼び起こした愛、痛み、そしてバルサの迷走

下村正幸

2025.11.18

2021年8月のバルサ退団会見のメッシ。(C)Getty Images

「これほど騒然とするバルセロナのファンを目の当たりにするのは本当に久しぶりだ」

 リオネル・メッシの突然のカンプ・ノウ訪問は、長年バルセロナを拠点に活動するジャーナリスト、トニ・フリエロス氏も驚くサプライズだった。翌朝、その事実が明らかになったのは、メディアでもクラブの公式リリースでもなく、インスタグラムに寄せられた投稿からだった。その中でメッシは、改めて長年過ごした古巣への愛を語った。

 しかしファンの心情は複雑だった。かつてのアイドルが帰還したとはいえ、それは誰もいない改修工事中のスタジアムだったからだ。否応なく、「メッシの退団はその理由と経緯も含めて、バルサの現代史における最大の失敗だった。取り返しのつかない痛手だ」とスペイン紙『SPORT』記者、ダビド・ベルナベウ氏がバッサリ切った2021年の涙の退団を思い起こさせるきっかけとなった。

「レオがバルサに残留する事実を保証できるのは私だけだ」、「断れないようなオファーをする」と同年の会長選挙戦中に豪語しながら、その公約を反故にして退団に追い込んだジョアン・ラポルタ会長にとっても、蒸し返されたくない古傷だろう。さらにその郷愁の念に引っ張られるように、ファンの間で復帰説が再燃。この一連の事態を前にラポルタ会長は「バルサは、我々の誰よりも最優先される存在だ。(メッシの退団は)我々が望んでいた通りの結末ではなかったが、あの時は仕方がなかった」と4年前の決断を正当化するとともに、「現実的ではない話を推測するのは適切ではない。今はそうするべき時ではない」と復帰の可能性を否定しなければならなかった。

 それでも事態は収まらなかった。前出のベルナベウ氏の「約1年前に現役を引退し、ゴルフに興じていたGK(ヴォイチェフ・シュチェスニー)と37歳のストライカー(ロベルト・レバンドフスキ)がいるチームに、7か月後に6度目のW杯に出場する予定の天才を復帰させる術を真剣に考えられないのか? それはほぼ義務であるべきだ」といった反論が相次ぎ、その逆風の中でラポルタが明かしたのが、カンプ・ノウにメッシの銅像を建立する計画だ。
 
 しかしこの案に関しても、前出のフリエロス氏は「メッシが退団してから4年以上が経過している。これまで十分に時間があった中、今そのような話を持ち出されても、真実味に欠ける。倫理的原則や信念を顧みず、利益を得るために状況を最大限に利用するのは、日和見主義者が用いる常套手段だ」と厳しく指摘する。

 こうした修復が難しくなっているラポルタ会長との関係を背景に、今回のメッシのお忍び訪問を来年行なわれる会長選挙の一環と捉える向きもある。つい先日、一部のメディアが、メッシが打倒ラポルタを果たせる対抗馬を物色中というスクープ記事を報じたばかりだ。しかし、『SPORT』の元編集長、エルネスト・フォルチ氏は、「メッシはラポルタを赤面させ、自身を退団に追い込んだ過去を思い起させた。しかし今回、彼を突き動かしたのは、愛と尊厳だ。メッシが特定の候補者を支持する姿は見られないだろう」と噂を一蹴する。

 メッシの威光はまだまだ健在だった。そしてだからこそ、久々の帰還が多くの憶測を呼ぶ結果になっている。各種メディアに出演、寄稿しているモニカ・プラナス氏は今回の出来事を次のように総括している。

「メッシがカンプ・ノウに忍び込んだ方法は、様々な解釈と詩的な要素に満ちている。かつてのアイドルがスタジアムに戻っただけではない。許可も事前連絡もなくそうしたのだ。"神"が再び聖地に足を踏み入れたのだ。その効果は絶大で、彼の支配力と魔法力を呼び起こした。今回、メッシが取った行動には象徴的な価値がある。その大胆さ以上に、それは我が家への帰還であり、彼が望んだ形でチームを離れられなかったという経緯に対する個人的なリベンジでもあった。メッシは感情と情緒に訴えて再びバルサという空間を支配した」

文●下村正幸

【画像】改装中のカンプ・ノウに潜り込みピッチに立ったメッシ
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【画像】改装中のカンプ・ノウに潜り込みピッチに立ったメッシ