今から約15年前に開催されたドイツ・ワールドカップ。PK戦にもつれ込んだイタリアvsフランスの決勝を筆頭に、この大会は数々の名勝負に彩られた大会でもあった。
惜しくもセミファイナルでイタリアに屈したものの、3位に食い込んだドイツも、ホスト国としての意地を見せた。彼らの同大会における戦いのなか、いまだ伝説として語り継がれているのが、PK戦決着となったアルゼンチンとの準々決勝だ。
1-1で120分を戦い抜き、迎えたPK戦直前。当時ドイツの正守護神を務めていたイェンス・レーマンは、GKコーチのアンドレアス・ケプケから小さな黄色いメモ用紙を手渡され、それを神妙な面持ちで熟読した。なんとそこには他でもない、アルゼンチン代表選手たちのPKでのクセや傾向、対策が書き込まれていたのだ。
このケプケのメモ用紙はまるで予言書かのごとく的中する。一人目のフリオ・クルスのキックは止められなかったものの、方向はドンピシャで右手でかすめた。そして2番手ロベルト・アジャラの左に甘く入ったシュートを難なくストップ。先行していたドイツが全員成功して迎えたアルゼンチンの4人目、キッカーはエステバン・カンビアッソだ。ここでもメモを頼みにしたレーマンは、相手MFの左方向へのキックを鮮やかに阻止する。見事母国をベスト4へと導いたのだ。
ドイツ国民を熱狂させたPK戦で守護神を救ったメモ用紙は、後にオークションで100万ユーロ(約1億2500万円)の値が付くほどに貴重な品となった。
この懐かしのエピソードを、レーマン自身が振り返った。現地時間3月11日、アルゼンチン紙『La Nacion』のインタビューで、「途轍もないプレッシャーがあった」と回想している。
「どれかひとつでもいいから止めてくれって、周りからのプレッシャーがあったことは確かだよ。心の準備はできていた。あのメモがあったからね。もちろん念入りに見たよ。事細かに誰がどこにどう蹴ってくるかっていうのがレポートされていたんだ。だから、ある程度は分かっていた。問題の4人目、カンビアッソについてはなんら言及されていなかったけど、それ以外は過去3年間の全データに基づいたキックのクセが書いてあった」
大会後、各国メディアに大きくフィーチャーされた“伝説のメモ”についてレーマンは、「神話のように扱われたことは少し驚いた」と、正直な胸の内を明かしている。
「止めたのは私だったが、あのメモだけがなによりも有名になったのは驚きだった。まるで神話のように扱われ、ドイツになくてはならないモノのようにされていたからね。でも、あのメモがオークションで、あれだけの金額で売却されたことで高額の寄付金が集まり、貧しい子どもが救われ、なによりあの大会を人々が忘れずにいてくれることは嬉しく思うね」
何気ない一枚のメモ紙がアルゼンチンとの激闘からドイツを救ったのは言うまでもない。その分析を信じてファインセーブを連発したレーマンの奮闘も含めて、あの名勝負の記憶が色褪せることはない。
構成●THE DIGEST編集部
惜しくもセミファイナルでイタリアに屈したものの、3位に食い込んだドイツも、ホスト国としての意地を見せた。彼らの同大会における戦いのなか、いまだ伝説として語り継がれているのが、PK戦決着となったアルゼンチンとの準々決勝だ。
1-1で120分を戦い抜き、迎えたPK戦直前。当時ドイツの正守護神を務めていたイェンス・レーマンは、GKコーチのアンドレアス・ケプケから小さな黄色いメモ用紙を手渡され、それを神妙な面持ちで熟読した。なんとそこには他でもない、アルゼンチン代表選手たちのPKでのクセや傾向、対策が書き込まれていたのだ。
このケプケのメモ用紙はまるで予言書かのごとく的中する。一人目のフリオ・クルスのキックは止められなかったものの、方向はドンピシャで右手でかすめた。そして2番手ロベルト・アジャラの左に甘く入ったシュートを難なくストップ。先行していたドイツが全員成功して迎えたアルゼンチンの4人目、キッカーはエステバン・カンビアッソだ。ここでもメモを頼みにしたレーマンは、相手MFの左方向へのキックを鮮やかに阻止する。見事母国をベスト4へと導いたのだ。
ドイツ国民を熱狂させたPK戦で守護神を救ったメモ用紙は、後にオークションで100万ユーロ(約1億2500万円)の値が付くほどに貴重な品となった。
この懐かしのエピソードを、レーマン自身が振り返った。現地時間3月11日、アルゼンチン紙『La Nacion』のインタビューで、「途轍もないプレッシャーがあった」と回想している。
「どれかひとつでもいいから止めてくれって、周りからのプレッシャーがあったことは確かだよ。心の準備はできていた。あのメモがあったからね。もちろん念入りに見たよ。事細かに誰がどこにどう蹴ってくるかっていうのがレポートされていたんだ。だから、ある程度は分かっていた。問題の4人目、カンビアッソについてはなんら言及されていなかったけど、それ以外は過去3年間の全データに基づいたキックのクセが書いてあった」
大会後、各国メディアに大きくフィーチャーされた“伝説のメモ”についてレーマンは、「神話のように扱われたことは少し驚いた」と、正直な胸の内を明かしている。
「止めたのは私だったが、あのメモだけがなによりも有名になったのは驚きだった。まるで神話のように扱われ、ドイツになくてはならないモノのようにされていたからね。でも、あのメモがオークションで、あれだけの金額で売却されたことで高額の寄付金が集まり、貧しい子どもが救われ、なによりあの大会を人々が忘れずにいてくれることは嬉しく思うね」
何気ない一枚のメモ紙がアルゼンチンとの激闘からドイツを救ったのは言うまでもない。その分析を信じてファインセーブを連発したレーマンの奮闘も含めて、あの名勝負の記憶が色褪せることはない。
構成●THE DIGEST編集部