敗れたノルウェー戦では、もうひとつ象徴的な場面があった。0-0で迎えた14分、ブラジルにPKが与えられた場面だ。キッカーに指名されたのはMFブルーノ・ギマランイス。しかし、そのキックは相手GKに防がれてしまった。
試合後の記者会見でアンチェロッティは、キッカーをB・ギマランイスに指名した理由をこう説明した。
「練習のデータでは、彼が最も安定していた」
だが、その説明はブラジルでは受け入れられなかった。練習と本番は違う。B・ギマランイスは代表の公式戦でPKを任されることがほとんどない。
精神的な経験値も含めて考えるべきだった。それこそアンチェロッティがブラジルを知らない証拠である。もしあのPKが決まっていたら、試合の流れは変わっていたかもしれない。だからこそ「あれは監督の責任だ」という批判が相次いだ。
さらに火に油を注いだのは試合後のコメントだ。アンチェロッティは言った。
「ブラジルはノルウェーより良かった」
SNSでは瞬く間に反応が広がる。
「どの試合を見ていた?」「パラレルワールドの話か?」
そして、もうひとつの発言。
「この敗戦は世界の終わりではない。新しいスタートだ」
監督として自身や選手たちに前を向いてもらう言葉だったのかもしれない。しかし、その瞬間にブラジル人が求めていたのは、未来ではなかった。
まず悲しみを共有すること。しかし、共感どころかアンチェロッティからは謝罪もなく、悔しさも感じられなかった。その温度差が、サポーターの怒りをさらに増幅させた。
もちろん、ブラジルが敗退した理由をひとりの監督だけに押しつけることはできない。
ブラジル代表の世代交代は必須だ。34歳のカゼミーロ、33歳のアリソン、34歳のダニーロ。32歳のファビーニョ。
「この失敗した世代から、もう誰も代表に選ばないでくれ」
サポーターからはこんな声も聞こえる。実際この大会を最後に代表から姿を消す選手は少なくないだろう。これからチームは大きく生まれ変わる。
しかし、ブラジル人が怒っているのは、選手だけが原因ではない。
負けることはある。ブラジルはそれを知っている。だが、自分たちが何者なのかも分からないまま終わってしまった。
あの負け方だけは、受け入れられない。だから今、ブラジルではメディアも、サポーターも、そして多くの関係者も「アンチェロッティ体制を続けるべきだ」とは口にしない。
アンチェロッティが名将なのは疑う余地はない。しかし、それは今のブラジル代表を率いることとは別問題だ。
ブラジルはいま、W杯敗退以上に大きな問いを突きつけられている。
「ブラジルらしいサッカーとは何なのか」
ノルウェー戦の敗北は、1試合の敗戦ではない。誇り高き伝統のあるセレソンが、自らのアイデンティティーを見失ったことを世界に露呈してしまった一戦だった。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中の現場を取材。多数のメディアで活躍する。過去にはFIFAの広報担当を務め、1998年と2002年のW杯ではブラジル代表の広報スタッフとして活躍。ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。スポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。
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試合後の記者会見でアンチェロッティは、キッカーをB・ギマランイスに指名した理由をこう説明した。
「練習のデータでは、彼が最も安定していた」
だが、その説明はブラジルでは受け入れられなかった。練習と本番は違う。B・ギマランイスは代表の公式戦でPKを任されることがほとんどない。
精神的な経験値も含めて考えるべきだった。それこそアンチェロッティがブラジルを知らない証拠である。もしあのPKが決まっていたら、試合の流れは変わっていたかもしれない。だからこそ「あれは監督の責任だ」という批判が相次いだ。
さらに火に油を注いだのは試合後のコメントだ。アンチェロッティは言った。
「ブラジルはノルウェーより良かった」
SNSでは瞬く間に反応が広がる。
「どの試合を見ていた?」「パラレルワールドの話か?」
そして、もうひとつの発言。
「この敗戦は世界の終わりではない。新しいスタートだ」
監督として自身や選手たちに前を向いてもらう言葉だったのかもしれない。しかし、その瞬間にブラジル人が求めていたのは、未来ではなかった。
まず悲しみを共有すること。しかし、共感どころかアンチェロッティからは謝罪もなく、悔しさも感じられなかった。その温度差が、サポーターの怒りをさらに増幅させた。
もちろん、ブラジルが敗退した理由をひとりの監督だけに押しつけることはできない。
ブラジル代表の世代交代は必須だ。34歳のカゼミーロ、33歳のアリソン、34歳のダニーロ。32歳のファビーニョ。
「この失敗した世代から、もう誰も代表に選ばないでくれ」
サポーターからはこんな声も聞こえる。実際この大会を最後に代表から姿を消す選手は少なくないだろう。これからチームは大きく生まれ変わる。
しかし、ブラジル人が怒っているのは、選手だけが原因ではない。
負けることはある。ブラジルはそれを知っている。だが、自分たちが何者なのかも分からないまま終わってしまった。
あの負け方だけは、受け入れられない。だから今、ブラジルではメディアも、サポーターも、そして多くの関係者も「アンチェロッティ体制を続けるべきだ」とは口にしない。
アンチェロッティが名将なのは疑う余地はない。しかし、それは今のブラジル代表を率いることとは別問題だ。
ブラジルはいま、W杯敗退以上に大きな問いを突きつけられている。
「ブラジルらしいサッカーとは何なのか」
ノルウェー戦の敗北は、1試合の敗戦ではない。誇り高き伝統のあるセレソンが、自らのアイデンティティーを見失ったことを世界に露呈してしまった一戦だった。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/1963年8月29日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。ジャーナリストとして中東戦争やユーゴスラビア紛争などを現地取材した後、社会学としてサッカーを研究。スポーツジャーナリストに転身する。8か国語を操る語学力を駆使し、世界中の現場を取材。多数のメディアで活躍する。過去にはFIFAの広報担当を務め、1998年と2002年のW杯ではブラジル代表の広報スタッフとして活躍。ジーコやカフー、ドゥンガらとの親交も厚い。スポーツ運営学、心理学の教授として大学で教鞭も執っている。
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