【画像】日本代表の歴代ユニホームを厳選写真で振り返る!(1992-2024)
2025/01/22
1992|ラモス瑠偉|初の外国人監督オフトの就任とともに赤ベースから青に戻された。ダイナスティカップでは決勝で韓国にPK戦の末勝利し優勝。戦後初の国際公式タイトル獲得となった。|写真:THE DIGEST
1998-1999|名波 浩|記念すべきワールドカップ初出場時に着用したモデル。最終予選で着用した「炎」のデザインを残しつつ、襟などのデザインを変更した。この年まではadidas、PUMA、asicsの3社がローテーションでサプライヤーとなっていた。|写真:THE DIGEST
1999-2000|中村俊輔|アディダス・ジャパン社との独占複数年契約が結ばれ、機能性とデザイン性の融合が進んだ。トルシエ監督の下、ワールドユース選手権準優勝、シドニーオリンピック ベスト8、アジアカップ優勝と結果を残した。|写真:THE DIGEST
2001|松田直樹|肩から袖にかけた白いラインは選手のプレーが大胆に見えるようにとデザインされた。翌年に日韓ワールドカップを控え、コンフェデレーションズカップで着用された。|写真:THE DIGEST
2002-2003|稲本潤一|日韓ワールドカップで着用された。首から袖口にかけての赤いパイピングは湖面に映る「逆さ富士」をイメージ。高温多湿対策のため、裏地にメッシュを使った二重構造を採用。さらに徹底的な軽量化が図られた。|写真:THE DIGEST
2004-2005|小野伸二|明るいブルーと深いブルーをあしらうことで「経験」と「挑戦」を表現。アジアカップ連覇、ドイツワールドカップ予選では世界最速で本大会出場を果たした。|写真:THE DIGEST
2006-2007|中田英寿(左)、小笠原満男(右)|ドイツワールドカップ前に決まったキャッチフレーズ「SAMURAI BLUE」にちなみ、日本の伝統と技術の象徴である「日本刀」をイメージした刃文がデザインされている。|写真:THE DIGEST
2010-2011|本田圭佑(左)、遠藤 保仁|テーマは「革命に導く羽」。史上初めて機能の異なる「フォーモーション」「テックフィット」2タイプが用意され、選手自身が選択できた。2010南アフリカワールドカップベスト16、アジアカップ優勝を成し遂げた。|写真:THE DIGEST
2014-2015|長谷部誠|背面に施された蛍光色の一本線は選手やサポーターが「円陣」を組んだ際にひとつの大きな輪となるように配置されている。またエンブレムから広がる11本のラインは、円陣を行なった後にピッチに広がっていく選手たちを表現。|写真:THE DIGEST
2016-2017|井手口陽介|「調和」をテーマにしたモデル。日本代表ユニフォーム史上最も濃い青を採用。前面に11人の選手の個性を表す、11本の異なる青で構成されたボーダーがデザインされており、中央の赤いラインはサポーターを表している。|写真:THE DIGEST
2018-2019|乾 貴士|「刺し子柄」には、これまでの日本サッカーの歴史を築いてきたあらゆる選手やスタッフ、サポーター達の想いを紡ぎ、ロシアW杯へ挑むというメッセージを込めている。侍の着物の前あわせ部分にインスパイアされたVネック部分には、日の丸の赤を表現する「ビクトリーレッド」を配している。|写真:THE DIGEST
2020|11月14日 W杯アジア二次予選キルギス対日本集合写真|コンセプトは「日本晴れ(ニッポンバレ)」。日本代表が、日本中に希望を与える「日本晴れ」のような存在であって欲しいという願いが込められている。|写真:THE DIGEST