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国内テニス

【伊達公子】テニス選手にとってのオリンピックとは?調整が大変だった団体行動、アトランタでは選手村に入らなかった<SMASH>

伊達公子

2021.06.04

オリンピックで通常のパフォーマンスを発揮する難しさを話す伊達公子さん。写真:塚本凛平(THE DIGEST写真部)

オリンピックで通常のパフォーマンスを発揮する難しさを話す伊達公子さん。写真:塚本凛平(THE DIGEST写真部)

 テニス選手にとってのオリンピックに対する思いは年を経て変化しています。テニス競技がオリンピックの正式種目になったのは1988年のソウルからです。私は高校3年でしたが、テニス界でも大きな話題になっていました。ただ、「出たい」という思いに直結していたわけではありません。あまりピンと来ていませんでした。

 4年後の1992年のバルセルナまでに、私も世界のツアーを経験しました。当時は、グランドスラムとオリンピック、どちらの優先順位が上か下かというよりは、4年に1度グランドスラムが5つあるという感覚でした。ただし、出場すると選手には負担があります。

 1つはスケジュールがタイトになること。あとは、テニス選手は普段は個人で自分の思い通りにスケジュールを組んで行動しますが、オリンピックでは団体行動で団体生活になります。つまり、自分の調整を最優先に考えて行動できません。

 例えば、バルセロナでは選手村に入り、テニス5名とアーチェリー3名で、4部屋とリビングをシェアする状態でした。つまり、2人1部屋です。でも、シングルスに出場した3名は全員1人部屋を希望しました。アーチェリーの3名が1部屋でいいと言ってくれたので、シングルスの3名のうち、2人は1人部屋、1人はリビング生活をすることになりました。じゃんけんの結果、私がリビングに……。物音がするたびに目が覚めて、十分な調整はできませんでした。
 
 この様な経験からオリンピックは調整が難しく、通常のパフォーマンスを出すには、その点をクリアしなくてはいけないということを学んだのです。4年後のアトランタでは選手村には入らない、開会式には出ないということを出場の条件として出して受け入れられました。私にとってはベストの状態で試合に臨むのが最優先でしたので、何がパフォーマンスを上げることに必要であるかを自分なりに見極めた上で出場していました。

 今の選手は感覚が違うと思います。すでにテニスを始めた時から、オリンピックにテニス競技がある世代ですから、オリンピックへの興味も高く、出たいと思っていて、出ることが当然で疑問も感じていないと思います。

 そして、オリンピックを楽しめていると思いますよ。開会式もみんなと一緒にわいわいすることも含めて。それこそ時代が変わった影響もあるのではないでしょうか。今は開会式に出て、携帯で写真が撮れてそのままSNSにあげられる。根本的に出場意義の捉え方も変化してきており、他競技との交流も今の世代のアスリートには大きな意味を持っているとも言えるのでしょう。

 少し感じるのは、テニスに限らず日本人は国を代表することに対する意識が、他の国とちょっと違う気がします。誇りというより、使命という感じが強いかもしれません。例えば、日本人は追い込まれた状態からメダルを奪取するということが少ないですよね。使命というプレッシャーに押しつぶされる傾向があるのかなと感じます。

文●伊達公子
撮影協力/株式会社SIXINCH.ジャパン

【PHOTO】世界4位にまで上り詰めた伊達公子のキャリアを写真で振り返り!
 

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