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海外テニス

「ただ自分らしくありたいだけ」愛すべき『悪童』メドベージェフが独特なメンタリティーを語る

スマッシュ編集部

2020.04.01

次世代No.1候補の一角とも目されるメドベージェフ。(C)GettyImage

次世代No.1候補の一角とも目されるメドベージェフ。(C)GettyImage

 昨シーズン、ATPツアー最多の59勝を挙げたロシアの24歳、ダニール・メドベージェフ。初めてトップ10入りを果たすや、そこから一気に世界4位にまで駆け上ったシーズン後半の快進撃は記憶に新しいところだ。7月末のワシントン大会(ATP500)から、なんと6大会連続で決勝に進出し、マスターズ2大会を含む4タイトルを獲得。全米オープンの決勝では、ナダルと4時間50分の大激闘を繰り広げた。

 そんなメドべージェフが、このほどテニス専門メディア『BEHIND THE RACQUET』に登場。幼少期からの自分とテニスのストーリーを自身の言葉で寄せている。

 2016年、20歳にしてトップ100入りを果たしていたメドベージェフだが、2014年にプロのキャリアをスタートさせた直後には、短いながらもつらい下積み時代を送っていたという。

「試合に負けては、逃した100ドルのことばかり考えていた。一番つらかったのは、ジュニアからプロに転向した頃だ。フューチャーズをやってみて、700位から300位になるのがどれだけ大変なことか、すぐに理解できた。できるだけお金を節約しながら、できるだけ早く5、6回も勝たなければいけない。みんなが同じことを狙っているなかで、どうすればいいのかさっぱりわからなかった」
 
 そんな時代をともに戦ったロシアの同世代からは、当時のことをいまだにからかわれているそうだ。

「(アレクサンダー・)バブリクと話したことを覚えている。当時700位くらいだったぼくは、『どうやったら300位になれるんだよ。無理でしょ?』って言ったんだ。今でも彼はそのセリフを覚えていて、ぼくを見ると『どうやって300位になったんだ』と冗談を言ってくるよ」

 だが、苦労してトップ100の壁を破ったあとも、まだ“プロ”ではなかったと述懐している。

「初めてトップ100に入ってからも、自分はプロではないと心の底ではわかっていた。コートにいるときは100%の力を出していたけど、コート外では正しいことをしていなかった。夜ふかしして、プレイステーションで何時間も遊んで、細かいことに気を配っていなかった。

 (その後)70位くらいからトップ5へ飛躍できたのは、テニスに全てを捧げようと決めたからこそだ。ぼくは自分を試して、自分の限界を見つけたいんだ」
 
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