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海外テニス

記憶に残るカリスマ選手、ツォンガが母国のファンと仲間に見守られて引退。全仏OPでの最高の思い出は「圭という素晴らしい選手との試合」<SMASH>

内田暁

2022.05.25

ツォンガの引退セレモニーにはフランス四銃士と呼ばれたモンフィス、シモン、ガスケら現役選手や家族、仲間たちが駆け付けた。(C)Getty Images

ツォンガの引退セレモニーにはフランス四銃士と呼ばれたモンフィス、シモン、ガスケら現役選手や家族、仲間たちが駆け付けた。(C)Getty Images

「スピーチを用意してきたんだ。ちゃんと話せるか、わからなかったから……」

 いつもの、はにかんだ優しい笑みは、涙で少しばかり歪んでいた。筋肉の盛り上がった大きな背を丸め、折りたたんだメモ用紙を丁寧に開くと、彼は会場に足を運んだ両親に、友人に、恩師たちに、そして詰めかけた15,000人のファンに、別れの言葉を語りかける。

 地元フランスの人気選手、ジョー-ウィルフリード・ツォンガはこの日、キャリア最後のシングルスの試合を、思い出の詰まるコート・フィリップシャトリエで戦い終えた。

 2008年の全豪オープンで決勝に進出し、躍動感とカリスマの象徴と目された“テニス界のモハメド・アリ”も、37歳を迎えた。ここ数年は出場試合数も限られ、現在のランキングは297位。

 そのツォンガが初戦で対戦したのは、世界8位で23歳のキャスパー・ルード。“二世プレーヤー”として10代の頃から注目され、誠実に上位への道を歩んできた、現テニス界の中心選手だ。
 
 紙の上の数字だけを見れば、ツォンガが勝つ要素はほとんどないようにも見える。だが、それら机上の空論を覆す何かが宿るのがコート・フィリップシャトリエであり、それを引き寄せられるのが、ツォンガという選手である。

 相手が、弱点であるバックハンドを攻めてくるのは、百も承知。その上で、相手のボールが浅くなればリスクを取って回りこみ、渾身のフォアを叩き込むのがツォンガの流儀だ。過去に、ロジャー・フェデラーやラファエル・ナダルをも打ち破ってきたその武器で、ツォンガはルードとも互角に渡り合う。

 第1セットは、タイブレークの末にツォンガの手に。第2セットは逆に、タイブレークでルードが奪い返した。第3セットは、定石の攻めでポイントを重ねるルードが圧倒。この時点で、試合の趨勢は決したかに思われた。

 だが、“ジョーコール”を叫び続けるファンの声が、あるいはコートの隅々に染み込む勝利と歓喜の記憶が、限界を超えてツォンガを突き動かす。第4セットの5-5で迎えたリターンゲーム。ブレークチャンスを手にしたツォンガは、バックサイドに来たショットを回り込み、フォアで逆クロスに叩き込んだ。深い強打は相手のラケットを弾き、ツォンガがブレークを奪う。コートはこの日最大の歓声に包まれ、フランス国家『ラ・マルセイエーズ』の大合唱がスタンドを揺らした。
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