現地時間2月8日に行なわれたミラノ・コルティナ冬季五輪のアルペンスキー女子滑降で、アメリカ代表のリンゼイ・ボンがスタートから間もなくして激しく転倒し、ヘリコプターで病院に搬送された。
会場となったオリンピア・デッレ・トファーネで過去12勝を挙げている41歳は、大会の1週間前に行なわれたワールドカップで左膝の前十字靭帯断裂という重傷を負ったにもかかわらず、五輪の舞台に立つ決断を下したことで注目を浴びていたが、13番目で出走してから12.5 秒後に、会場を静まり返らせるアクシデントに見舞われる。
英国の日刊紙『The Guardian』は、その衝撃の場面を「彼女は3つ目のゲートで右のポールをかすめたように見えた。その接触は微妙で、フルスピードではほとんど分からないほどだったが、結果は致命的だった。バランスを失い、激しく右に振られ、空中で不自然に身体を捻り、側面から激しく着地した後、さらにコースを外れて転がり落ちた。テレビ中継では、彼女がコース脇で滑り落ちていく間、コース脇のマイクを通して悲鳴がはっきりと聞こえた」と伝えている。
カナダの公共放送「CBC」は、「この滑降コースの見どころは、トファーナ・シュスと呼ばれる、ドロミティの岩壁に挟まれた細いシュート状の区間で、選手たちが時速130キロまで加速する場所だ。しかし、オリンピア・デッレ・トファーネの本当の鍵は、そのシュス区間のさらに上にある。そこには上り勾配を含む重要な右カーブがあり、ボンはまさにその地点で転倒した」と綴り、このポイントが逆バンクの難所であることを紹介した。
同競技で金メダルを獲得したブリージー・ジョンソンは、「私の人生の中で、最も胸が張り裂ける瞬間のひとつ。彼女がどれほどの痛みを抱えているのか、想像もできない。それは肉体的な痛みではない。肉体の痛みなら、私たちは対処できるが、心の痛みは別物だ。本当に、彼女の幸せを願っているし、これが終わりでないことを願っている」と左足を骨折した同胞の大先輩を気遣った。
満身創痍の状態で2019年に現役を退くも、5年後に右膝の手術によって痛みが治まると競技に復帰したボンの今回の挑戦には、多方面から「危険」といった指摘の他、ネガティブな見解も多く示されており、英国の五輪専門サイト『inside the games』は今回の転倒を受けて「懐疑的な人々にとっては、五輪の栄光を求めるあまり無謀だと見なされていた挑戦の結末として、予想通りの出来事でもあった」と綴っている。
一方で同メディアは、「41歳のミネソタ州出身の選手は、自身2個目の金メダルを手にすることはできなかったが、ここまでの一連の出来事の中で、彼女は世界中の多くのファンの心を掴んだ。おとぎ話のような結末には至らなかったとはいえ、その歩みは、これからも永遠に語り継がれることになるだろう」と、ボンの挑戦を称えた。
前出の『The Guardian』紙は、「結局のところ、山は彼女がかつてどんな選手だったかを憶えてはいない。山が問うのは、スタートゲートからフィニッシュラインまでの、その一瞬における今の彼女だけだ。日曜日、ボンは、その厳しい現実を、もう一度受け入れてスタートを切った。リスクを避けるのではなく、リスクと正面から向き合うことで成り立つこの競技において、それは王者に許される結末として、これ以上ないほど正直な終わり方だったのかもしれない」と、記事を締めている。
米メディア『CBC』は、「不可能性やリスク、そして懐疑的な声があったにもかかわらず、彼女が『挑んだ』という事実こそが、ボンのレガシーの一部なのかもしれない。そして、それは誰よりも、彼女自身のためだったのかもしれない。彼女は、国旗に、家族に、そして競技そのものに誇りをもたらしてきた。自分自身のために、もう一度挑戦することは、決して自己中心的でも、不当でもなかった」と結論づけ、以下のように期待を寄せた。
「この転倒がどれほど胸の痛む出来事であっても、もしかすると、ボンにとって最大の挑戦は、この後、どのように立ち直り、次に何が起きるのかということなのかもしれない。彼女はすでに、メダルも、称賛も、記録も手にしている。おそらく、これからも自分自身の力を信じ続け、自分の物語を自らの手で描き、そして、もう一度、自分自身に賭けるのだろう」
構成●THE DIGEST編集部
【動画】復帰へ過酷なトレーニングを黙々とこなすリンゼイ・ボン
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会場となったオリンピア・デッレ・トファーネで過去12勝を挙げている41歳は、大会の1週間前に行なわれたワールドカップで左膝の前十字靭帯断裂という重傷を負ったにもかかわらず、五輪の舞台に立つ決断を下したことで注目を浴びていたが、13番目で出走してから12.5 秒後に、会場を静まり返らせるアクシデントに見舞われる。
英国の日刊紙『The Guardian』は、その衝撃の場面を「彼女は3つ目のゲートで右のポールをかすめたように見えた。その接触は微妙で、フルスピードではほとんど分からないほどだったが、結果は致命的だった。バランスを失い、激しく右に振られ、空中で不自然に身体を捻り、側面から激しく着地した後、さらにコースを外れて転がり落ちた。テレビ中継では、彼女がコース脇で滑り落ちていく間、コース脇のマイクを通して悲鳴がはっきりと聞こえた」と伝えている。
カナダの公共放送「CBC」は、「この滑降コースの見どころは、トファーナ・シュスと呼ばれる、ドロミティの岩壁に挟まれた細いシュート状の区間で、選手たちが時速130キロまで加速する場所だ。しかし、オリンピア・デッレ・トファーネの本当の鍵は、そのシュス区間のさらに上にある。そこには上り勾配を含む重要な右カーブがあり、ボンはまさにその地点で転倒した」と綴り、このポイントが逆バンクの難所であることを紹介した。
同競技で金メダルを獲得したブリージー・ジョンソンは、「私の人生の中で、最も胸が張り裂ける瞬間のひとつ。彼女がどれほどの痛みを抱えているのか、想像もできない。それは肉体的な痛みではない。肉体の痛みなら、私たちは対処できるが、心の痛みは別物だ。本当に、彼女の幸せを願っているし、これが終わりでないことを願っている」と左足を骨折した同胞の大先輩を気遣った。
満身創痍の状態で2019年に現役を退くも、5年後に右膝の手術によって痛みが治まると競技に復帰したボンの今回の挑戦には、多方面から「危険」といった指摘の他、ネガティブな見解も多く示されており、英国の五輪専門サイト『inside the games』は今回の転倒を受けて「懐疑的な人々にとっては、五輪の栄光を求めるあまり無謀だと見なされていた挑戦の結末として、予想通りの出来事でもあった」と綴っている。
一方で同メディアは、「41歳のミネソタ州出身の選手は、自身2個目の金メダルを手にすることはできなかったが、ここまでの一連の出来事の中で、彼女は世界中の多くのファンの心を掴んだ。おとぎ話のような結末には至らなかったとはいえ、その歩みは、これからも永遠に語り継がれることになるだろう」と、ボンの挑戦を称えた。
前出の『The Guardian』紙は、「結局のところ、山は彼女がかつてどんな選手だったかを憶えてはいない。山が問うのは、スタートゲートからフィニッシュラインまでの、その一瞬における今の彼女だけだ。日曜日、ボンは、その厳しい現実を、もう一度受け入れてスタートを切った。リスクを避けるのではなく、リスクと正面から向き合うことで成り立つこの競技において、それは王者に許される結末として、これ以上ないほど正直な終わり方だったのかもしれない」と、記事を締めている。
米メディア『CBC』は、「不可能性やリスク、そして懐疑的な声があったにもかかわらず、彼女が『挑んだ』という事実こそが、ボンのレガシーの一部なのかもしれない。そして、それは誰よりも、彼女自身のためだったのかもしれない。彼女は、国旗に、家族に、そして競技そのものに誇りをもたらしてきた。自分自身のために、もう一度挑戦することは、決して自己中心的でも、不当でもなかった」と結論づけ、以下のように期待を寄せた。
「この転倒がどれほど胸の痛む出来事であっても、もしかすると、ボンにとって最大の挑戦は、この後、どのように立ち直り、次に何が起きるのかということなのかもしれない。彼女はすでに、メダルも、称賛も、記録も手にしている。おそらく、これからも自分自身の力を信じ続け、自分の物語を自らの手で描き、そして、もう一度、自分自身に賭けるのだろう」
構成●THE DIGEST編集部
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