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食と体調管理

【Do My Best, Go!|木俣椋真・男子スノーボード|前編】「しっかりと準備ができていなかった」――北京五輪落選から始まった、もう一度の4年間

松原孝臣

2026.05.07

写真:GettyImages

写真:GettyImages

 アスリートへのインタビューを通し、明日への一歩を応援する「Do My Best, Go!」。今回登場するのは、スノーボードのビッグエアとスロープスタイルでミラノ・コルティナオリンピックに出場、ビッグエアで銀メダルを獲得した木俣椋真さん。第一線で活躍するまでの経緯、その土台となる食への意識、今後への思いなどを聞いた。


――スノーボードを始めたきっかけを教えてください。

 3歳の頃、父親に連れて行ってもらったのがきっかけでした。当時の記憶はほとんどないですが、何回も「行きたい」と言っていたみたいです。まだ滑れなかったので上までリフトで登ってちょっと練習してから、親におんぶしてもらって下まで降りる、みたいな感じだったと聞いています。

――ご自身の記憶にあるなかで「スノーボードが楽しい」と感じたのはいつ頃ですか?

 小学1年生ぐらいから雪山で遊ぶ友達もできて、一緒に滑ることが楽しかったという思い出があります。家は名古屋なので、滑るときは岐阜のスキー場まで毎週土日で行っていました。楽しかったので遠くて大変と感じることはなかったですね。

――本格的に競技としてスノーボードに取り組むようになったのはいつ頃だったのでしょうか。

 地元の大会に出るようになったのは小学1年生の頃でした。当時、バンクーバーオリンピック(2010年開催)のハーフパイプをテレビで見て、それに憧れてオリンピックを目指そうと取り組み始めました。
――そこから現在のビッグエアやスロープスタイルに転向したのはいつだったのでしょうか?

 中学2年のときです。ハーフパイプの動きが左右に一定であるのに対して、スロープスタイルのアイテム(※レールやボックスなどトリックに使う設置物)を使う動きが好きになって、スロープスタイルをやろうと思いました。あわせてビッグエアも始めることになりました。

――早くからオリンピックを目指して活動をされてきましたが、学生という立場との両立はどのようにしていたのでしょうか?

 中学も高校も学校は通っていたので、基本に土日だけ雪山に行って、海外に遠征するときは休みを取る形で活動していました。高校では平日はジムでトレーニングなどするようになりましたが、中学時代は週末の練習以外ではトレーニングはしていませんでした。宿題も多かったですし、厳しい学校だったので勉強もちゃんとしていました。

 僕は学校に行きながら競技を続けることができましたが、これからトップを目指そうという選手たちには学校との両立はかなり難しいと思います。今、トップを目指して練習している子どもたちは夏も冬も山にこもる生活をしていて、練習時間が取れない選手が結果を出すことは難しい環境になりました。僕自身は1年間ずっとスノーボードに取り組めるようになったのは学校を卒業してからでしたが、下の世代をみるとスノーボードを中心に生活をしている子どもが本当に多くなったと感じています。
 

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