セミファイナルには宇野薫が登場。久々のプロレス登場となる宇野は現DDTのエースである上野勇希とタッグを組み、T-Hawk&黒潮TOKYOジャパンと対戦した。宇野は敗れたもののテーブル上でのパイルドライバー、T-Hawkのチョップなど強烈な技を受けまくり、さらに黒潮の代名詞であるジャケットを着込んで目を釘付けに。
宇野も川尻も、もともとはプロレスファン。「三沢光晴のエルボーならヒクソンに勝てると信じてた」と川尻。この日のコスチュームはパープルで、実は高田延彦オマージュだった。
彼らが格闘家としての実績にあぐらをかくことなく、プロレスという“沼”に飛び込んでいったことで『エイオキクラッチ』という興行に抜群の雰囲気が生まれた。加えて参戦したレスラーは青木が全幅の信頼を寄せる、当代一流の“できる”選手たちばかり。
青木と川尻、宇野は同時代を闘ったライバルであり、戦友と言ってもいい。PRIDE活動休止後の格闘技界を生き抜いてきた。今回、青木は主催者として宇野と川尻に「とにかく楽しんでほしかった」という。自分がプロレス界で出会った魅力的なレスラーたちを戦友に、そしてファンに紹介していく。そんな大会だった。
「みんなプロフェッショナル。誰も一切手を抜かなくて」
青木はそう感謝を語っている。オファーされた選手たちは、全員が「青木のために」と、その場で求められる最上級の仕事をした。
そしてメインは青木とケンドー・カシンのシングルマッチ。青木にとって、カシンは少年時代からの憧れだった。知り合ってからはMMAの試合でセコンドについてもらったこともある。つまり精神的支柱。自主興行としてこれしかないというカードで、青木は勝った。フィニッシュは大会名でもあるエイオキクラッチだ。
プロレス流のグラウンドから場外戦、レフェリーのブラインドをついた反則に誤爆と、2人は存分に“プロレスらしいプロレス”を展開した。青木は“格闘家のプロレス”ではなく、カシンの影響を受けながら作り上げた“青木真也のプロレス”をしていた。
青木はカシン戦を「答え合わせ」と言っていた。もうすぐ43歳。43年生きてきて、辿り着いたのが“ここ”だった。
試合後には「今年は格闘技の試合やります」と、昨年11月以来のMMA“復活”も宣言。自主興行の第2回は「また一生懸命試合して、お金稼いでやります」。
自主興行で稼ぐのではなく、稼いだ金でやるのが自主興行。ここは自分の“居場所”だから、金儲けをするつもりはないというわけだ。
それにしても、青木は素晴らしい“居場所”を作った。忖度しないしクセが強い人間から好き嫌いが分かれるタイプではある。それでもプロであることを貫いて、円熟度を増して、これだけの仲間ができた。noteやYouTubeを通して自分の考えた言葉を練り上げてもきた。そうしてできた『エイオキクラッチ』という大会そのものが、青木真也の人生の答え合わせだったのではないか。
取材・文●橋本宗洋
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彼らが格闘家としての実績にあぐらをかくことなく、プロレスという“沼”に飛び込んでいったことで『エイオキクラッチ』という興行に抜群の雰囲気が生まれた。加えて参戦したレスラーは青木が全幅の信頼を寄せる、当代一流の“できる”選手たちばかり。
青木と川尻、宇野は同時代を闘ったライバルであり、戦友と言ってもいい。PRIDE活動休止後の格闘技界を生き抜いてきた。今回、青木は主催者として宇野と川尻に「とにかく楽しんでほしかった」という。自分がプロレス界で出会った魅力的なレスラーたちを戦友に、そしてファンに紹介していく。そんな大会だった。
「みんなプロフェッショナル。誰も一切手を抜かなくて」
青木はそう感謝を語っている。オファーされた選手たちは、全員が「青木のために」と、その場で求められる最上級の仕事をした。
そしてメインは青木とケンドー・カシンのシングルマッチ。青木にとって、カシンは少年時代からの憧れだった。知り合ってからはMMAの試合でセコンドについてもらったこともある。つまり精神的支柱。自主興行としてこれしかないというカードで、青木は勝った。フィニッシュは大会名でもあるエイオキクラッチだ。
プロレス流のグラウンドから場外戦、レフェリーのブラインドをついた反則に誤爆と、2人は存分に“プロレスらしいプロレス”を展開した。青木は“格闘家のプロレス”ではなく、カシンの影響を受けながら作り上げた“青木真也のプロレス”をしていた。
青木はカシン戦を「答え合わせ」と言っていた。もうすぐ43歳。43年生きてきて、辿り着いたのが“ここ”だった。
試合後には「今年は格闘技の試合やります」と、昨年11月以来のMMA“復活”も宣言。自主興行の第2回は「また一生懸命試合して、お金稼いでやります」。
自主興行で稼ぐのではなく、稼いだ金でやるのが自主興行。ここは自分の“居場所”だから、金儲けをするつもりはないというわけだ。
それにしても、青木は素晴らしい“居場所”を作った。忖度しないしクセが強い人間から好き嫌いが分かれるタイプではある。それでもプロであることを貫いて、円熟度を増して、これだけの仲間ができた。noteやYouTubeを通して自分の考えた言葉を練り上げてもきた。そうしてできた『エイオキクラッチ』という大会そのものが、青木真也の人生の答え合わせだったのではないか。
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