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プロ野球

“第2の全盛期”を謳歌するダルビッシュ有と涌井秀章。一度離れた「関係性」が10年を経て再び交わる

新井裕貴(SLUGGER編集部)

2020.08.31

今季34歳を迎えたダルビッシュ(右)と涌井(左)は全盛期に遜色ない大活躍。親友の彼らを“分けた”2010年を今一度振り返る。写真:ダルビッシュ(Getty Images&滝川敏之)、涌井(金子拓弥/THE DIGEST写真部、田中研治)

今季34歳を迎えたダルビッシュ(右)と涌井(左)は全盛期に遜色ない大活躍。親友の彼らを“分けた”2010年を今一度振り返る。写真:ダルビッシュ(Getty Images&滝川敏之)、涌井(金子拓弥/THE DIGEST写真部、田中研治)

 日本とアメリカ。今は同じ場所にいないけれども、1986年生まれの盟友同士が“第2の全盛期”と言っても過言ではない活躍を見せている。ダルビッシュ有(シカゴ・カブス)、涌井秀章(東北楽天ゴールデンイーグルス)のことである。

 ダルビッシュは現在メジャー最多タイの6勝を挙げ、目下サイ・ヤング賞レースの先頭を走っている。涌井もロッテからトレード移籍してきた今季は開幕8連勝、9回途中までノーヒッターというV字復活。ともに34歳という、野球選手の多くが衰えを隠せない中でこれだけの活躍をしているのは、改めて驚異でしかない。

 両者とも十数年以上にわたって一線級で活躍してきたわけだが、では果たして、彼らが“ピチピチ”だった10年前、2010年のダルビッシュと涌井は一体どんな成績を残し、どんな立場だったのだろうか。「第1の全盛期」を振り返ってみると、この年が一つターニングポイントになったように思えてくる。

 2010年、日本球界最強投手として君臨していたのは間違いなくダルビッシュだった。07年に沢村賞&MVPに輝いた右腕は、そこから3年連続で防御率1点台&WHIP1.00以下という他を寄せ付けない存在感を見せていた。09年オフに2度目のMVPを受賞したダルビッシュは4年連続開幕投手を務めると、そこからプロ野球新記録となる開幕5試合連続2ケタ奪三振、4月途中から31イニング連続無失点も記録するなど、シーズン通じても防御率1.78、222奪三振の二冠達成とさすがの成績を残している。

 また、同年のオールスターではワンシームも披露。テレビ中継では持ち球として14球種(!)が紹介されたことも大きな話題を呼び、“本格派の変化球投手”として認識が大きく知れ渡った年でもあったかもしれない。
 
 一方の涌井は前年の09年に“キャリアハイ”を記録。2度目の最多勝、両リーグ最多11完投&4完封、沢村賞の全項目(当時)をクリアして同賞に輝き、翌10年も6月までに10勝2敗、防御率2.77とダルビッシュに引けを取らない投球だった。特に高校時代に慣れ親しんだ横浜スタジアムでの交流戦では、投げては7回3失点、打っては3安打4打点の大活躍を見せている。

 しかし、2年連続で両リーグ最多投球という力投が売りだったとはいえ、この年も6月までに1試合最多155球をはじめ130球超が9回と投げすぎが祟ってか後半戦は失速。196.1回を投げて14勝8敗、防御率3.67とまずまずの成績ながらも、球団からは年俸現状維持の提示をされるなど(調停の結果、涌井に軍配)、彼からすれば不本意な一年だったのは間違いない。

 そしてこの2010年を境に、両者の評価には差がつき始めていく。ダルビッシュは10年オフからビルドアップに着手して球威のアップに成功。日本最後の11年にはプロ野球史上初の5年連続防御率1点台を樹立すると、大型契約で移籍したメジャーでは13年に奪三振王に輝いてサイ・ヤング賞投票2位に入る活躍を見せた。対して涌井は11年にプロ初の負け越し、12~13年は成績悪化で中継ぎ転向を強いられただけでなく、女性問題を週刊誌にすっぱ抜かれて球団から処分を下されるなど、明らかに停滞していた。
 
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