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プロ野球

【2000~15ドラフト総検証:第2回】山田哲人と柳田悠岐を輩出した10年が最も豊作。一方で丸が指名された07年は“不作”に<SLUGGER>

出野哲也

2022.01.01

15年にそろってMVPを獲得し、トリプルスリーを流行語に押し上げた山田(左)と柳田(右)は実はドラフト同期生。2人だけでPVを1000ポイント近く稼いでいる。写真:田中研治、徳原隆元

15年にそろってMVPを獲得し、トリプルスリーを流行語に押し上げた山田(左)と柳田(右)は実はドラフト同期生。2人だけでPVを1000ポイント近く稼いでいる。写真:田中研治、徳原隆元

 2000~15年のドラフト16年間で一番の豊作、すなわち入団した全選手の通算プレーヤーズ・バリュー(PV)が最も多い年はいつか? 答えは10年だ。PVは合計1722.8に達し、1968年(2858.5)、96年(2243.3)に次いで3番目の高水準だった。

 指名された顔ぶれを見れば、この結果も納得だろう。この年は山田哲人(ヤクルト1位/通算PV495.7)と柳田悠岐(ソフトバンク2位/446.0)をはじめとして、秋山翔吾(西武3位/225.3)や西川遥輝(日本ハム2位/144.8)と各チームの中核となった選手が目白押し。千賀滉大(ソフトバンク育成4位/110.7)や大野雄大(中日1位/82.2)、澤村拓一(巨人1位・現レッドソックス/62.2)など、好投手も多く出ている。

 先に挙げた選手のうち、ドラフト前にいわゆる“目玉レベル”と見られていたのは、中央大のエースだっだ澤村のみで、相思相愛だった巨人が単独氏名。佛教大の大野も注目されてはいたが、故障中とあって1位入札したのは中日だけだった。

 むしろ、注目されていたのは早稲田大の大石達也と斎藤祐樹で、大石に1位指名6球団、斎藤に4球団と集中した。だが、周知のように両投手ともプロでは入団当初の期待に応えることはできなかった。しかし、大石を引き当てた西武は秋山や牧田和久(2位/67.9)、斎藤が入団した日本ハムは西川が活躍したので、両球団ともドラフト全体が失敗とまではならなかった。

 この年が2000年以降で一番の成功となった理由は、言うまでもなく山田、柳田と「超」がつくスーパースター2人が生まれたからだ。何しろ、この2人の合計PV941.7は、これだけで年度別ドラフトの史上19位に相当するほど。第1回でも述べたように、山田は通算PVが二塁手としてはすでに史上最多で、柳田も外野手6位にランクインしている。

 また、秋山も20年にメジャー移籍していなかったら、PVは200点台半ばまで達していただろう。15年にプロ野球記録の年間216安打を放ち、PV52.1。17年はそれをも上回る53.2で、両年とも柳田に次ぐ2位だった。

 投手では、千賀が育成から常勝ホークスのエースにのし上がった。13年以降PVは9年連続でプラス。11勝、防御率2.16、149奪三振の三冠に輝いた20年に、自己最多の22.9を記録した。この年のソフトバンクの育成指名は、千賀に続く5位が牧原大成、6位が甲斐拓也で育成ドラフト史上最高の成果となっている。

 大野も勝ち星こそ11勝がキャリアハイで、通算でも76勝78敗と負け越しているが、19・20年は2年連続で防御率1位。PVは19年が25.8でリーグ8位、沢村賞に選ばれた20年は33.3で6位だった。
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