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“ベースボールの吟遊詩人”ロジャー・エンジェルとの「終の別れ」。データではなく野球人生の機微を描き続けた不世出のコラムニストの生涯<SLUGGER>

豊浦彰太郞

2022.05.26

09年当時のエンジェル。コラムニストとしては生涯現役で、90歳を超えてからも寄稿を続けていた。(C)Getty Images

09年当時のエンジェル。コラムニストとしては生涯現役で、90歳を超えてからも寄稿を続けていた。(C)Getty Images

 史上最も愛された野球ライターの一人で、老舗雑誌『The New Yorker』で長年健筆を振るったロジャー・エンジェルが亡くなった。101歳の大往生で、同誌のデビッド・レムニック編集長は「人は誰も永遠に生き続けることはできない。しかし、彼ならばできるのではないかとすら思わせた」と追悼している。

 ぼくがエンジェルの存在を知ったのは1970年代後半のことだ。日本の専門誌でもよく紹介されていたエンジェルはすでに大御所的存在で、彼の著作の邦訳が出ると貪るように読んだ。

 ベーブ・ルースがレッドソックスからヤンキースに移籍し、いきなり54本塁打をかっ飛ばして全米を熱狂させた1920年に生まれたエンジェルは、42年にハーバード大を卒業。その後は空軍の雑誌編集者を務め、『Holiday』誌を経て『The New Yorker』の編集者兼ライターとなった。野球を題材に書き始めたのは60年代からだ。
 
 2014年には全米野球記者協会のキャリア・エクセレンス賞を受賞しているが、これは同協会に属したことがない人物では史上初の受賞だった。そう、エンジェルは番記者でも野球専門のコラムニストでもなかった。あくまで野球を愛する者の一人として、観客席や自宅のテレビの前で熱い声援を送るファン同様の視点で書き続けた。

 エンジェルはかつて、自身のコラムでこう書いている。「ベースボールは人生そのものではないが、そう思わせる魅力に満ちている」。

 エンジェルは「人を描く」ライターで、あくまで選手個人のフィールド上での魅力を語り続けた。彼がベースボールライターの第一人者としての評価を固めた70年代のMLBは、労使対立や肥大化したビジネスなど、フィールド外の問題がヘッドラインとなることが多かった。また、80年代にはドラッグの蔓延が、90年代からはステロイドなどの薬物汚染が大きな問題となったが、エンジェルはそれらについて積極的に取り上げることはなかった。

 エンジェルの代表作は、77年刊行の『Five Seasons』(邦題『アメリカ野球ちょっといい話』)に収録されている『終の別れ』とする声が多い。71年のワールドシリーズ最終戦で完投勝利を挙げて欣喜雀躍したパイレーツの右腕スティーブ・ブラスが主人公の一編。世界一の1年後に今でいうイップスで突如ストライクが入らなくなり、本人の涙ぐましい努力や周囲のサポートにもかかわらず、結局克服には至らず球界を去ってしまう様子を、淡々と、かつ温かく描き出した秀作だ。

 個人的には、同じ本に掲載されている『陽光と白球を追って』が好きだ。選手、球団関係者、そしてファンのすべてが夢を抱くことが許されるスプリング・トレーニングで交差する人間模様が生き生きと描かれている。
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