10月23日、松井秀喜氏が読売ジャイアンツの新監督に就任すると分かった。米国の地でも名を馳せた“ゴジラ”が、プロ入りから10年間を過ごした古巣の王座奪還に向け、チームを率いる。
この一報は米国の地にも瞬く間に広がった。松井氏がメジャー入りから7シーズンを過ごしたニューヨーク・ヤンキースの専門メディア『Talkin' Yanks』がこのニュースをXで報道。米国のファンからは、来季いっぱいで契約が切れるアーロン・ブーン監督の去就を絡めた反響などが上がった。
「間違いなく彼にふさわしいね」
「遠くから応援するよ。ジャイアンツは、彼が舵を取ってくれるなんて幸運だ」
「ヤンキースの監督になったのかと思った」
「すでにアーロン・ブーンより優れたマネージャーだ」
「ヤンキースの監督兼GMにしろ」
松井氏は1992年のドラフト会議で4球団競合の末にジャイアンツに入団。1年目から高卒ルーキーとして一軍で11本塁打を放ち頭角を現した。96年には当時史上最年少でセ・リーグMVPを獲得してリーグ優勝に貢献。2000年には二冠に加えてシーズンMVPと日本シリーズMVPを受賞してチームを日本一に導くなど常勝軍団の一時代を築いた。
また、メジャーでの10年間(03年~12年)では、移籍1年目から全162試合に出場し、MLBオールスターゲームにも選出されるなど実力を発揮。09年のワールドシリーズでは卓越した勝負強さを発揮してヤンキースの9年ぶり世界一に貢献し、日本人選手として初となるワールドシリーズMVPを受賞した。その後はアナハイム・エンジェルス(現ロサンゼルス・エンジェルス)など3球団でプレーし、12年12月に現役引退を発表した。
現役引退後の13年には恩師の長嶋茂雄氏とともに国民栄誉賞を受賞した。14年にはジャイアンツで春季キャンプの臨時コーチを務めたほか、15年にはヤンキースのGM付特別アドバイザーに就任して若手選手の指導・育成に携わった。
構成●THE DIGEST編集部
【記事】“21世紀究極のWSロースター”に松井秀喜、山本由伸の名前…米放送局が選出「歴史的」「紛れもないスターに」
この一報は米国の地にも瞬く間に広がった。松井氏がメジャー入りから7シーズンを過ごしたニューヨーク・ヤンキースの専門メディア『Talkin' Yanks』がこのニュースをXで報道。米国のファンからは、来季いっぱいで契約が切れるアーロン・ブーン監督の去就を絡めた反響などが上がった。
「間違いなく彼にふさわしいね」
「遠くから応援するよ。ジャイアンツは、彼が舵を取ってくれるなんて幸運だ」
「ヤンキースの監督になったのかと思った」
「すでにアーロン・ブーンより優れたマネージャーだ」
「ヤンキースの監督兼GMにしろ」
松井氏は1992年のドラフト会議で4球団競合の末にジャイアンツに入団。1年目から高卒ルーキーとして一軍で11本塁打を放ち頭角を現した。96年には当時史上最年少でセ・リーグMVPを獲得してリーグ優勝に貢献。2000年には二冠に加えてシーズンMVPと日本シリーズMVPを受賞してチームを日本一に導くなど常勝軍団の一時代を築いた。
また、メジャーでの10年間(03年~12年)では、移籍1年目から全162試合に出場し、MLBオールスターゲームにも選出されるなど実力を発揮。09年のワールドシリーズでは卓越した勝負強さを発揮してヤンキースの9年ぶり世界一に貢献し、日本人選手として初となるワールドシリーズMVPを受賞した。その後はアナハイム・エンジェルス(現ロサンゼルス・エンジェルス)など3球団でプレーし、12年12月に現役引退を発表した。
現役引退後の13年には恩師の長嶋茂雄氏とともに国民栄誉賞を受賞した。14年にはジャイアンツで春季キャンプの臨時コーチを務めたほか、15年にはヤンキースのGM付特別アドバイザーに就任して若手選手の指導・育成に携わった。
構成●THE DIGEST編集部
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