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プロ野球

【2010年代通信簿:西武】投打の主力が毎年のように流出しながらもリーグ優勝2回と奮闘

出野哲也

2020.06.01

菊池(左)と浅村(右)はいずれも18年を最後に退団。10年代を通じて主力の流出が相次いだ。(写真)朝日新聞社

菊池(左)と浅村(右)はいずれも18年を最後に退団。10年代を通じて主力の流出が相次いだ。(写真)朝日新聞社

 2020年、新たな年代が幕を開ける。ここで改めて、各チームの過去10年間の戦績を通信簿形式で評価してみたい(通信簿は「よくできました」「まずまずです」「可もなし不可もなし」「がんばりましょう」の4段階)。今回は、主力選手の流出が相次ぐ中での戦いを強いられた西武の軌跡を振り返る。

■2010年代通算成績
735勝659敗41分(勝率.527)/パ・リーグ2位(12球団3位)
日本一:0回 リーグ優勝:2回 CS進出:7回

通信簿:まずまずです

 かつてはパ・リーグの盟主と呼ばれた名門も、2010年代は一度も日本一を達成できなかった。ここ2年はリーグ優勝を果たしながらもクライマックスシリーズで敗退。10年間の通算勝率.527は両リーグ3位と、安定して勝ち続けていながらも日本シリーズには届かず、ファンは歯がゆい思いをさせられている。

 10年は残り8試合で2位に3.5ゲーム差の首位、優勝マジックを4まで減らしていたが、そこから5連敗を喫し、勝率でソフトバンクを2厘下回り2位。CSでもロッテに下克上を食らった。12年、13年は2位で、両年ともCSではファーストステージで敗退。そして過去2年もCSでソフトバンクに一方的にやられてしまった。


 
 だが、10年間で日本シリーズにすら出場できなかった最大の要因は、正念場での弱さ以上に主力選手の相次ぐ流出だった。FA制度導入直後からの傾向ではあったが、10年代も文字通り毎年のように投打の有力選手がチームを去っていった。

●10年オフ:細川亨
●11年オフ:帆足和幸
●12年オフ:中島裕之
●13年オフ:片岡治大、涌井秀章
●16年オフ:岸孝之
●17年オフ:野上亮磨、牧田和久*
●18年オフ:菊池雄星、浅村栄斗、炭谷銀二朗
●19年オフ:秋山翔吾

 逆に言えば、この状況で低迷期に陥ることなく戦力を維持できたことはむしろ評価すべきだろう。

 10年代のライオンズは黄金期の緻密さが薄れた一方で、球史に残る強打者が何人も現れた。中でも中村剛也は11・12・14・15年の4回(通算では6回)ホームラン王。とりわけ凄かったのは11年だった。この年から導入された統一球のは異常なほど反発力が低く、球界全体で本塁打数が激減した中、中村だけは何事もなかったように48ホーマーを量産。2位が25本、ロッテに至ってはチーム全体で46本だったのだから、どれだけ突出した本数だったかが分かる。

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