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プロ野球

小川泰弘がノーヒットノーランの裏で見せた「3つの男気」。レコードブックに刻まれない“凄さ”とは?

新井裕貴(SLUGGER編集部)

2020.08.16

金字塔を達成した小川。しかし、その凄さは27人にヒットを許さなかったという点だけではなかった。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

金字塔を達成した小川。しかし、その凄さは27人にヒットを許さなかったという点だけではなかった。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

 8月15日、東京ヤクルトスワローズの小川泰弘が敵地での横浜DeNAベイスターズとの一戦で、プロ野球史上82人目、球団では2006年5月25日の楽天戦でガトームソンが達成して以来8人目のノーヒットノーランの快挙を達成した。

 ヒーローインタビューでは、同じDeNA相手に5回4失点で黒星を喫した前回登板を振り返りつつ、そこからチームが5連敗を喫したことに、「苦しい毎日だった」とエースとしての申し訳ない気持ちをのぞかせていた。しかし、この快挙の達成にあたって、小川は少なくとも「3つ」の男気を発揮していたように思う。

 一つは、『自身の壁』を超えたことだ。この日までにプロ通算165先発をこなしてきた“ライアン”は1年目の2013年に16勝でタイトルを獲得し、菅野智之(巨人)らを抑えて新人王に輝くなど、これまでの経歴を考えれば「本格派」のイメージが強かっただろう。しかし、15日の最後の打者となった乙坂智を空振り三振に仕留め、この日10個目の三振を奪うまで、実は2ケタ奪三振は一度もなかったのだ。その記念すべき“第1号”を、ノーヒットノーランの快挙とともに成し遂げたのは、『男・小川』の姿を感じさせるものだった。

 2つ目は、『135球の熱投』だ。大快挙を達成して相手を無安打に抑えたにもかかわらず、小川はこの日3つの四球を与えるなど、球数自体はかなり嵩んでいた。最高気温36°もあった横浜は、試合中も30°を優に超しており、マウンド上はなおさら熱気は凄まじかったはず。
 
 環境面はもちろん、小川にとって「135球」以上を投げたのもプロ通算4回目。昨年9月19日の阪神戦で自己最多145球を投じて完封勝利を達成して以来の球数となった。相当にスタミナ面を削られながらも、自身にとってもめったにない領域に到達しながら、最後まで持ち堪えたことは称賛以外の言葉はいらないだろう。

 そして3つ目は、『味方への男気』だ。ノーヒッターまであと6アウトと、球場がざわめきだした8回、小川は先頭の倉本寿彦に10球粘られた末にフォアボールを与えてしまう。この時点で球数は112球まで達していた。少しでも楽に投げてほしいと、全ヤクルトファンが祈った中で、続く中井大介が初球をショートゴロ。かなりの確率で併殺になり、誰もが安堵したはず……だった。

 しかし、ショートからの送球を受けた二塁の廣岡大志がまさかの落球でオールセーフ! 2死が一転、無死一、二塁の大ピンチを迎えてしまうのだ。「残り4アウト」から「残り6アウト」、実質的にはさらに8人の打者を仕留めなければならなくなった。いつ気落ちしても不思議はない中で、小川は一つも表情を崩さず、淡々と残りの打者をアウトにしていく。この様に、『男』を感じない人は誰もいないのではないか。

 小川がプロ野球史に刻んだノーヒットノーランの偉業は、“ただの”金字塔ではなかった。その裏には、自身初の大台や味方を救った出来事もあったのだ。レコードブックに刻まれるのは、小川が一つのヒットと失点も許さず、27個のアウトを積み上げたという事実がはっきりと記される。しかし、この日の彼の熱投を見た者は、小川の『男気』もまた、鮮明に記憶されるに違いない。

文●新井裕貴(SLUGGER編集部)

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