プロ野球

都市対抗野球に東大、京大出身の2選手が出場。刈谷高の恩師は「両君には1年でも長く続けて欲しい」

大友良行

2021.01.25

東大出身の飯田(左)と京大出身の鈴木(右)が都市対抗野球に出場して注目を集めた。写真:大友良行

 東京大、京都大と言えば日本トップレベルの大学だが、そこを卒業して、社会人野球で野球を続けている選手が、昨年末の第91回都市対抗野球大会に出場し注目された。

 東邦ガス(東海代表)の飯田裕太二塁手(東大卒)と日本新薬(近畿代表)の鈴木一矢外野手(京大卒)だ。しかもこの二人は、同じ愛知県の刈谷高校出身という経歴を持っている。

 東大卒で社会人野球を続け都市対抗に出場した選手は、過去何人かいるが、いずれにしろレアケースだ。50年前の1970年の第41回大会に当時三菱重工神戸に補強された橘谷健投手(川崎重工)が抑えのエースとして大活躍し、準優勝チームから一人が選出される「久慈賞」に選ばれた。さらに10年後の1980年の第51回大会では、新日鉄釜石の主将として伊藤仁選手がベスト4進出を果たした。

 それから40年ぶりに飯田が野手として都市対抗にスタメン出場したというわけだ。

 東大卒の飯田は、小柄で守備がうまい。小学3年から野球を始め中学では、知立中学野球部と軟式の知立ノースクラブに所属。中学3年時には二塁手として県大会で優勝し、高校は「強豪校は自分の力では無理。甲子園出場チャンスのある公立の進学校ならば」(飯田)三河地区で強いといわれている刈谷高に進学した。大学は「試合に出るには、東大が一番近道」ということで一浪して理Ⅰに見事合格し、1年秋から二塁手として全試合出場。春のリーグ戦で当時94連敗中だったが法政大を延長の末に4対1で破り、連敗をストップした時の主将でもある。
 
 就職先は「レベルの高いところでやりたいと思っていました。野球をやらせてくれるかもしれない」と地元の東邦ガスに決め、今年で入社6年目。4年目からレギュラーとして二塁を守っている。昨年末の都市対抗では、1回戦で強豪ENEOSと対戦。負け試合だったが、いつもの9番セカンドでスタメン出場し、1打席目が中飛、2打席前が中前安打、3打席目が内野フライだった。

 東邦ガスの山田勝司監督は、飯田についてこう語る。

「小さいがパンチ力があります。外野と外野の間を抜けていく低いライナーで強い打球を打ちます。滅多に三振はしないし、四球もとれる。バントなどの小技もうまい。追い込まれても粘って結果を出してくれる。今9番を打たせていますがひと昔前の2番打者のイメージです。東大だからと言ってひいき目ではなく、一選手として見ています。努力、努力の積み重ねで今のポジションを掴んだのです。キャラ的には、先輩、後輩からイジられやすく、東大卒って感じはなく親しみがある。仕事面でも、野球を終えた後の人材として高く評価されています」

 午前中は都市エネルギー営業部で、業務用顧客のガス使用事案や資料作りなどの仕事をこなし、午後から練習に入る。「時間的制約の中で、一般社員の方と同じ仕事はできていないので迷惑をかけているはず。でも大会になると職場の人が、応援にきてくれるのでありがたいです。野球って、人生で一番時間を割いてきたものなので、自分にとっては人生そのものです。自分から辞めるつもりはありません。できる限り続けたい。早く会社に貢献できる野球部になりたいです」とは飯田本人の言葉だ。