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高校野球

「こんな勝利は後にも先にもない」奇跡の逆転で大阪桐蔭を下した近江の“頑固一徹野球”<SLUGGER>

氏原英明

2021.08.23

 4回裏に5番の新野翔大のソロ本塁打で1点、5回裏は1死満塁から山田の犠飛で1点と、じわじわ差を詰めていったのだった。

 ここでも多賀監督の手堅い野球は健在だった。4回に新野が放った本塁打は豪快だったとはいえ、5回の攻撃で先頭の9番・明石楓大が安打で出塁した後、続く1番の井口遥希に犠打を命じている。井口はこれまでの2打席で1安打1四球と全打席出塁していたのにもかかわらず、だ。

 近江はとにかく手堅かった。6回裏も、結果的には得点につながらなかったが、1死から7番の春山陽生が右翼前安打で出塁すると、次の横田悟に犠打のサインを出した(失敗で空振り三振)。

 そして、その執念が形になる。7回裏、先頭の井口がライト前安打で出塁すると、2番・西山のところでエンドランが遊撃ゴロとなって1死二塁。その後、2死一、二塁となったところで、5番の新野が右翼前にタイムリーを放ち同点に追いついたのだ。

 多賀監督は1点ずつ点を返すうちに調子を取り戻した先発・山田の貢献も大きいと、こう語った。

「悪い流れからチーム全体で持ち直してくれた。山田の4~6回のピッチングはゲームをもう一度、初回に引き戻してくれた。守りから攻めるということで、攻めの投球をしてくれて終盤へとつながった」
 
 7回からはエースの岩佐直哉にスイッチ。「先頭打者を特に意識した」という強気の投球が7回の同点、そして8回の勝ち越しへとつながる。

 8回、先頭の春山が遊撃エラーで出塁。8番・横田、9番・岩佐の送りバントは失敗に終わるが、そこから連続四球で2死満塁。ここで、途中出場の3番・山口蓮太朗が右翼線に落とす2点適時打を放ってついに勝ち越した。9回は岩佐が3人で抑えてゲームセット。近江の執拗なまでの粘りが、優勝候補筆頭と言われた大阪桐蔭の牙城を打ち破ったのだ。

 近江の攻撃に目新しいものは何一つなかった。

 最近の高校野球は、メジャーの影響を受けて攻撃的になってきた。2番につなぎの打者ではなく攻撃的な打者を置いたり、お決まりの送りバントを多用せずに積極的に打っていくスタイルが浸透してきた。

 しかし、この日の多賀監督は頑ななまでにはそれをしなかった。オーソドックスに輪をかけたかのように、走者が出れば犠打を繰り返し、何とか大阪桐蔭にしがみつき、そして勝利を収めたのである。

「大阪桐蔭に勝てたことは大きな自信になると思う。今日、選手たちに言ったのは『向こうも同じ高校生や。とにかくチャレンジ精神でいこう』と。こんな勝利は後にも先にもないと思う」

 古めかしい表現も、いかにもベテラン監督らしい。

 超オーソドックスな戦いでつかんだ大金星だった。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。

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