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MLB

“ベースボールの吟遊詩人”ロジャー・エンジェルとの「終の別れ」。データではなく野球人生の機微を描き続けた不世出のコラムニストの生涯<SLUGGER>

豊浦彰太郞

2022.05.26

 エンジェルの魅力は、挫折や失望も含めた選手たちの人生の機微を鮮やかに描き出すことだった。ベースボールそのものが変化するにつれて、このような描き手は今やほとんど存在しなくなった。

 かつて、MLBを題材にした名著といえばスタープレーヤーの栄光と苦難、チームワークの素晴らしさなど「人」にフォーカスするものが主流だった。

 ブルックリン時代のドジャースを題材にしたロジャー・カーンの『THE BOYS OF SUMMER』(邦題『夏の若者たち』)も、“最後の4割打者”テッド・ウィリアムズの現役最終ゲームを描いたジョン・アップダイクの『Hub Fans Bid Kid Adieu』(邦題『ボストンファン、キッドにさよなら』)」も、一流選手の駆け引きや勝負のあやを紹介したジョージ・ウィルの『MEN AT WORK』(邦題『野球術』)もそうだ。

 しかし、21世紀に入ってセイバーメトリクスが浸透し、ベースボールがデータとサイエンスに支配されるゲームになると、焦点が「人」から「データ」や「理論」に変わった。その嚆矢となった『マネーボール』(マイケル・ルイス)のバックボーンは、最先端理論でオールドスクール野球人の鼻を明かすというものだ。
 
 また、やや学術書寄りになるが、シンクタンクのベースボール・プロスペクタスによる『Baseball Between the Numbers』は、古くからの常識を容赦なく否定した。何しろリッキー・ヘンダーソンが82年に樹立したシーズン130盗塁のシーズン記録は、42盗塁死で得点期待値的にはほぼ帳消しになっているという衝撃的な分析を提示していたのだ。

 最近では、トラビス・ソーチックとベン・リンドバーグの共著『The MVP Machine』(邦題『アメリカン・ベースボール革命』)がベストセラーになった。この本では、最先端の機器や理論が選手の獲得や育成、球団の編成にいかに革命的な影響を与えているかが綴られ、「人」はあくまで準主役にとどまっている。

 これらの作品に共通しているのは「それっておかしくないですか」的なニヒリズムで、ぼくなどは何だか、ひろゆき氏に論破されたかのような身も蓋もない読後感を覚えたのも事実だ。

 エンジェルのようなベースボールの吟遊詩人がまた現れてほしい、と思う。

文●豊浦彰太郎

【著者プロフィール】
北米61球場を訪れ、北京、台湾、シドニー、メキシコ、ロンドンでもメジャーを観戦。ただし、会社勤めの悲しさで球宴とポストシーズンは未経験。好きな街はデトロイト、球場はドジャー・スタジアム、選手はレジー・ジャクソン。
 

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