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プロ野球

引退からの復帰で日本へ! NPBの起爆剤になり得るデイビッド・ペレズはダルビッシュ有との関係も【BC茨城・2人の剛腕ドミニカン:前編】

岩国誠

2022.07.09

 教えながら、自らも学ぶ。言葉にするのは簡単だが、実践するには強い信念が必要だ。ペレズの中で、野球への強い思いが、この4年で決して消えることはなく、自らの鍛錬も怠らなかった。目の前のチャンスをつかみに行くのは、自然なことだったのだろう。ただ、立場が変わったことで、新たな気づきを得ることもできていた。

「コーチになる前の選手時代は『自分はこれをしなければいけない』と、強く思い込みすぎて、周りが見えなくなっていました。野球というスポーツは、タフで結果を残さなければいけない難しいものですが、一方で楽しいし、自分が好きなスポーツでもある。

 そのことに気づいてから、余裕を持って野球と向き合えるようになりました。その時の調子の良し悪しはありますが、自分が持っているもの以上は出ない。コントロールできるものと、できないものがあるということを理解して取り組んでいます。事前の準備や普段の振る舞い方など、自分でコントロールできることに集中しています」

 もともと日本野球には興味があった。きっかけはあの世界大会だ。

「第1回WBCでの日本チームの強さを見て、とても興味を覚えました。アメリカのように、メジャーの選手を集めて、個々の能力に頼った野球ではなく、世界的に有名な選手が少ない中、チームで一つにまとまって戦うということがどういうことなのか。実際に日本に来て、どういう野球をしているのか知りたかった。そんな好奇心も来日の決めた理由のひとつですね」

 日本との意外な接点はもう一つあった。レンジャーズ在籍時、トミージョン手術からのリハビリ過程にあったダルビッシュ有(現パドレス)と、マイナーでチームメイトとだったことがあるという。現在、茨城に在籍する小山田拓夢ストレングス&コンディショニングコーチがダルビッシュと親交があり、今回の日本行きのことを伝えたという。
 
「当時、ご飯とかも頻繁にご馳走してくれましたし、彼がメジャーに戻る時、ユニホームとか野球道具とかもたくさんもらいました。今でもダルビッシュと投げた試合のラインナップカードは持っています。とってもナイスガイでした。

 その時のダルビッシュは、まだそこまで英語を話せる段階ではなかったし、自分も野球のことを詳しく理解していなかったのて、野球の細かい話はできなかったのですが、ダルビッシュの試合へ向かう準備や姿勢、そのやり方は目で見て、多くのことを学びました。本当に凄かったです」

 ペレズには、これまで日本で成功してきた外国人選手と同じ資質を持っていると感じているのが、今年から茨城の投手陣を預かる巽真悟コーチだ。自身もソフトバンクで09年から16年までプレー。デニス・サファテやブライアン・ファルケンボーグ、DJ・ホールトンなど、数多くの外国人投手と接してきた。

「僕がNPB時代に触れ合ってきた外国人選手たちは、真摯に野球に向き合っている選手が多く、球団は性格面も見て獲得しているなという印象を持っていました。そうした選手たちと同じように、ペレズも普段の練習から野球に真摯に向き合っています。ペレズには奥さんがいますが、単身で来日し、勝負をかけにきている。もちろん日本の選手たちも人生をかけて野球に取り組んでいますが、それ以上に強い意志を持ってマウンドに上がっています」

 真摯な姿勢だけでなく、強い興味を持っていた日本野球への順応にも、早くから前向きに取り組んでいるという。

「外国人の中には『ランナーを出しても抑えればいい』と、クイックや牽制に対して、無頓着な投手もいますが、ペレズはそういう部分にも対応しようと練習に取り組んでいます。少しずつではありますが、そういう意識があるだけでも、改善されてくると思います。投球能力はNPBでも通じるだけのものはありますし、マインドもNPBで成功した外国人投手に引けを取らないと思います。スカウトの方も、そういう部分は見てくださっていると思います」

<後編へ続く>

取材・文●岩国誠
 

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