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高校野球

持ち味を捨てたからこその智弁学園の勝利。1回戦屈指の好カードの明暗を分けた指揮官の決断【氏原英明が見た甲子園:2日目】<SLUGGER>

氏原英明

2023.08.08

 下村は先頭の知花琉綺亜に右中間三塁打を許してしまう。一死こそ取ったものの、その後は連続四球で満塁として、結局1番・松本のところで、またも寿賀がマウンドに戻った。しかし、この窮地で冷静な投球ができるはずもなく、押し出し四球で同点とされ、勝負は延長に持ち込まれてしまった。

 一方の智弁学園も、一連の攻防でもらったチャンスを完全に生かせたとは言い難い。8回に1点差に詰め寄った後も、9回の同点の後も積極的に攻めたが、あと一本が出なかった。従来の智弁学園であれば突き放せる展開でありながら、延長までもつれたという言い方もできる。

 タイブレークの10回表が無得点に抑えた後、智弁学園の小坂監督はようやく決断した。それまでの打って出るスタイルを、ついに諦めたのだ。

 10回裏は4番の池下が先頭だったが、送りバントを命じてタイブレークのランナーをそれぞれ二、三塁に進めた。5番は9回の守備から途中出場の谷口志琉。彼に対する初球が大きく外れるのを確認すると、スクイズを命じたのだった。

 これが投手前に転がって三塁ランナーが生還し、智弁学園がサヨナラ勝ちを収めた。

 どちらも持ち味を全面に出そうとした試合だった。

 しかし強豪同士のぶつかり合いとあって、その目論見は互いにうまくいかなかった。両指揮官は揺れながらも、なかなか自らの戦い方を捨てられずにいた。

 ここに高校野球の面白さ、そして難しさが詰まっている。どちらも自分たちの戦い方で県大会を勝ち上がってきた。だからこそ、ストロングポイントを大事にしたかったのは理解できる。しかし、実戦の中でフレキシブルに対応できるかも勝負の上では重要なのだ。
 
「打つだけじゃ勝てないこともわかっていた。打てない時にどうするかはずっと言い合ってきたんで、最後はスクイズが決まって勝ててよかった」

 智弁学園の高良主将が、そう勝利を噛み締めていたのが印象的だった。

 自分たちの戦い方を捨てた決断ももちろん見事だが、小坂監督が「捨てる準備」をしていたことも勝利を手繰り寄せた一因だ。10回表の守備が終わった際、谷口にスクイズの準備をしておくように伝えていたのだという。

「先に言ってもらえたので、心の準備ができてやりやすかったです。監督も決めたのだなと思ったので」

 殊勲の谷口は、そう言ってはにかんだ。
 
 がっぷり四つに組んだ1回戦屈指の好カード。

 その決着は、戦い方を最後に「捨てた」方の指揮官が勝利した。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『SLUGGER』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。
 

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