この日、マスクをかぶったミゲル・アマヤはこう言っている。
「彼(今永)の持ち球がいいのは誰もが分かっているし、相手だってしっかりと研究はしてきているけど、自分たちが立てたプランを信じて、それをしっかり遂行することが大事なんだ」
ベテランのヤン・ゴームズも含め、今永とカブス捕手コンビの関係は極めて良好だ。もっと正確に言うなら、カブスの捕手陣は今永の成功に必要不可欠なサポートに力を注いでいる。例えばオニールに本塁打を打たれる直前、こんな印象的なシーンがあった。
打線が1巡して、リードオフのジャレン・デュランが意表を突くセーフティバントを試みた。投手と二塁手と一塁手の中間に転がした「内野安打間違いなし」というこの打球を、今永は素早いダッシュで追いついて捕球し、一塁にグラブトスで送球してアウトにした。そこで今永にゆっくりと歩み寄り、絶妙な「間」を取ったのがアマヤ捕手である。
その配慮は、次のオニールが本塁打を打ったことで無駄になったように思えるが、大事なのは今永の呼吸を整えさせてやろうとした「思いやり」だ。違う言い方をするなら、誰に対してもそういう気遣いができる捕手だからこそ、まだ実質メジャー2年目なのに一桁の背番号=9を背負っているわけだ。
印象的なシーンと言えば、試合後、普段はカブスを取材することのないレッドソックス番の記者が何人か、囲み取材に来ていたのも印象的だった。なぜなら、レッドソックスが昨冬、今永獲得に動いていたことが明らかになっていたからだ。
――カブス入団を決める前、(レッドソックスの)アレックス・コーラ監督が、ズームであなたと面談したそうですが。
「言えないことも言えることもあるんですけど、僕自身の投げるボールがユニークなので、アメリカでもそういったことを発揮してほしいと言ってもらいました」
――カブスに決断した理由は?
「そこに関しては言えないことの方が多いので、答えるのは難しいですけど、もちろんレッドソックスもカブスも伝統があって素晴らしいチームです。比べたわけじゃないですけど、何となく自分の意見と周りの人の意見を摺り合わせた結果、カブスになったということです」
実は試合中、レッドソックスの番記者から、「今永は何年でオプトアウト(契約破棄)できるんだ?」などという気の早い質問をされた。今永がフリー・エージェントになった途端、「レッドソックスが獲得を目指すべきだ」などと書くのではないか? と思わせる熱心さである。
今永は結局、今季最長の7回途中5安打1失点で降板した。本人は「7回のマウンドに上ったってところが、まずは進歩」と言いながらも、少し悔しそうだった。
「イニングを投げ切るのと回の途中で降りるのは、投手から見れば雲泥の差。あそこで淡々とイニングを投げ切る力をつけたい」
囲み会見の途中、カブスのジェド・ホイヤー編成総責任者が立ち寄り、今永に合図を送り、「Good Job」を意味する親指を立てて笑顔で去っていった。
実はこれには伏線があって、カブス関係者の誰かが、今永が去年、出版した『ピッチャーズ・バイブル』という本をホイヤー編成総責任者にプレゼントしたのだそうだ。当然、日本語で書かれているその本についてホイヤー編成総責任者は「もちろん、読めないのだけれど」と笑いながら、こう言っている。
「彼が思慮深いことの証明だけど、当たり前だよね。彼のニックネームは“投げる哲学者”なんだから」
5試合に投げて4勝0敗、防御率0.98。
メジャーを代表する伝統球団が獲得競争を繰り広げた“投げる哲学者”は今、その価値をさらに高めているようだ――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO
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「彼(今永)の持ち球がいいのは誰もが分かっているし、相手だってしっかりと研究はしてきているけど、自分たちが立てたプランを信じて、それをしっかり遂行することが大事なんだ」
ベテランのヤン・ゴームズも含め、今永とカブス捕手コンビの関係は極めて良好だ。もっと正確に言うなら、カブスの捕手陣は今永の成功に必要不可欠なサポートに力を注いでいる。例えばオニールに本塁打を打たれる直前、こんな印象的なシーンがあった。
打線が1巡して、リードオフのジャレン・デュランが意表を突くセーフティバントを試みた。投手と二塁手と一塁手の中間に転がした「内野安打間違いなし」というこの打球を、今永は素早いダッシュで追いついて捕球し、一塁にグラブトスで送球してアウトにした。そこで今永にゆっくりと歩み寄り、絶妙な「間」を取ったのがアマヤ捕手である。
その配慮は、次のオニールが本塁打を打ったことで無駄になったように思えるが、大事なのは今永の呼吸を整えさせてやろうとした「思いやり」だ。違う言い方をするなら、誰に対してもそういう気遣いができる捕手だからこそ、まだ実質メジャー2年目なのに一桁の背番号=9を背負っているわけだ。
印象的なシーンと言えば、試合後、普段はカブスを取材することのないレッドソックス番の記者が何人か、囲み取材に来ていたのも印象的だった。なぜなら、レッドソックスが昨冬、今永獲得に動いていたことが明らかになっていたからだ。
――カブス入団を決める前、(レッドソックスの)アレックス・コーラ監督が、ズームであなたと面談したそうですが。
「言えないことも言えることもあるんですけど、僕自身の投げるボールがユニークなので、アメリカでもそういったことを発揮してほしいと言ってもらいました」
――カブスに決断した理由は?
「そこに関しては言えないことの方が多いので、答えるのは難しいですけど、もちろんレッドソックスもカブスも伝統があって素晴らしいチームです。比べたわけじゃないですけど、何となく自分の意見と周りの人の意見を摺り合わせた結果、カブスになったということです」
実は試合中、レッドソックスの番記者から、「今永は何年でオプトアウト(契約破棄)できるんだ?」などという気の早い質問をされた。今永がフリー・エージェントになった途端、「レッドソックスが獲得を目指すべきだ」などと書くのではないか? と思わせる熱心さである。
今永は結局、今季最長の7回途中5安打1失点で降板した。本人は「7回のマウンドに上ったってところが、まずは進歩」と言いながらも、少し悔しそうだった。
「イニングを投げ切るのと回の途中で降りるのは、投手から見れば雲泥の差。あそこで淡々とイニングを投げ切る力をつけたい」
囲み会見の途中、カブスのジェド・ホイヤー編成総責任者が立ち寄り、今永に合図を送り、「Good Job」を意味する親指を立てて笑顔で去っていった。
実はこれには伏線があって、カブス関係者の誰かが、今永が去年、出版した『ピッチャーズ・バイブル』という本をホイヤー編成総責任者にプレゼントしたのだそうだ。当然、日本語で書かれているその本についてホイヤー編成総責任者は「もちろん、読めないのだけれど」と笑いながら、こう言っている。
「彼が思慮深いことの証明だけど、当たり前だよね。彼のニックネームは“投げる哲学者”なんだから」
5試合に投げて4勝0敗、防御率0.98。
メジャーを代表する伝統球団が獲得競争を繰り広げた“投げる哲学者”は今、その価値をさらに高めているようだ――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、
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