「いつだったか、イチローさんが『ノリ、俺らはメンタルがどうとかいうレベルの選手じゃない』って教えてくれた。『打てなかったら、それはあくまでも技術の問題なんだ』とね。だから、どうやったら打てるのかをいろいろと考えるわけですよ。もちろん、いろいろやっても打てない時はあるけど、その理由を考えるのは大事っしょ? 考えるのをやめたら終わりでしょ。そういうのは引退するまで続くと思うよ」
「考えるのをやめたら終わりでしょ」。
『スラムダンク』の安西先生の名言みたいだが、肝になるのはイチローの、「打てなかったらそれは技術の問題なんだ」という部分である。青木はこう続けた。
「僕は割と全部、見せてる方だと思うけど、記者さんたちが見てないトコでもいろいろ考えながら、常にいい形を探している。でも、そんなの誰だってやってると思うよ。結果がどうあれ、野球選手ってそういうもんだから」
野球選手の前に、「一流の」という前置詞が付くべきだが、そんな言葉を聞いた数日後、今も心に残る一打を見た。それは3勝3敗で迎えたワールドシリーズ第7戦、2対3で1点を追いかけるロイヤルズが1死二塁のチャンスをつかんだ六回裏のことだ。
マウンド上には、後にシリーズMVPに選ばれる左腕マディソン・バムガーナーがいた。すでに2試合に先発して2勝を挙げていたジャイアンツのエースは、雌雄を決する最終戦の5回から、1点のリードを守るべく中2日で救援のマウンドに立っていた。 5回裏、ロイヤルズは1死二塁のチャンスを作り、青木が打席に入る。相手も必死。こっちも必死。身長193センチ、体重103キロのバムガーナーがマウンドから見下ろした時、青木は少しも怯むことなく、「さあ、来いよ!」とでも言うように、打席の地面を慣らした。思わず武者震いしたのは、次のような展開を想像してしまったからだ。
「バムガーナーは右打者なら内角、左打者の外角に速球をガンガン投げ込んでくることで知られている。青木もきっと内角を捨て、ホームプレートの外側半分で勝負すればいいと思っている。加えて彼はメジャーに来た頃のように『ゴロでもいいから、とにかくヒットを打つためにバットに当てる』という打撃から、『なるべく力強く打って、多少詰まってでもライナー性の打球を放つ』打撃へ変化しつつある。悪くても左方向への同点タイムリーヒット。もしかしたら、左翼線か左中間への長打を打てるかも――」
もちろん、当時はそんな説明口調で考えていたわけじゃない。もっとざっくりと「外角の速球が来たら、ガツンと打っちゃうんじゃないか?」というイメージだったけれど、2ボール1ストライクと絶好のバッティング・カウントになった4球目、イメージ通りの速球が外寄りに来たから、鳥肌が立った。青木のバットがそれを捉えた瞬間、記者席で思わず、「あっ」と言ってしまった。客観的に試合を見なければならない記者にとってはあるまじき行為だが、想像した通りのライナーがレフトに飛んだからだ。頭の中で、「青木の同点打」、「バムガーナー投入は失敗」という文字が踊った。
ただし、視界の片隅に、守りに定評のあるレフトのフアン・ペレスがわずかに守備位置を左に寄せているのが映った。わずかにスライスしながら、力強く飛んでいく打球と、落下地点めがけて一直線に駆け寄るペレス。スリリングな瞬間。息を呑む一瞬ののち、ドンピシャのタイミングでペレスがランニング・キャッチした。
9回裏にも同点のチャンスをつかんだロイヤルズだったが、結局は鬼神の如くマウンドに立ち続けたバムガーナーに抑えられ、ワールドシリーズ優勝を逃した(注:ロイヤルズはその翌年に30年ぶりのワールドチャンピオンとなった)。
「考えるのをやめたら終わりでしょ」。
『スラムダンク』の安西先生の名言みたいだが、肝になるのはイチローの、「打てなかったらそれは技術の問題なんだ」という部分である。青木はこう続けた。
「僕は割と全部、見せてる方だと思うけど、記者さんたちが見てないトコでもいろいろ考えながら、常にいい形を探している。でも、そんなの誰だってやってると思うよ。結果がどうあれ、野球選手ってそういうもんだから」
野球選手の前に、「一流の」という前置詞が付くべきだが、そんな言葉を聞いた数日後、今も心に残る一打を見た。それは3勝3敗で迎えたワールドシリーズ第7戦、2対3で1点を追いかけるロイヤルズが1死二塁のチャンスをつかんだ六回裏のことだ。
マウンド上には、後にシリーズMVPに選ばれる左腕マディソン・バムガーナーがいた。すでに2試合に先発して2勝を挙げていたジャイアンツのエースは、雌雄を決する最終戦の5回から、1点のリードを守るべく中2日で救援のマウンドに立っていた。 5回裏、ロイヤルズは1死二塁のチャンスを作り、青木が打席に入る。相手も必死。こっちも必死。身長193センチ、体重103キロのバムガーナーがマウンドから見下ろした時、青木は少しも怯むことなく、「さあ、来いよ!」とでも言うように、打席の地面を慣らした。思わず武者震いしたのは、次のような展開を想像してしまったからだ。
「バムガーナーは右打者なら内角、左打者の外角に速球をガンガン投げ込んでくることで知られている。青木もきっと内角を捨て、ホームプレートの外側半分で勝負すればいいと思っている。加えて彼はメジャーに来た頃のように『ゴロでもいいから、とにかくヒットを打つためにバットに当てる』という打撃から、『なるべく力強く打って、多少詰まってでもライナー性の打球を放つ』打撃へ変化しつつある。悪くても左方向への同点タイムリーヒット。もしかしたら、左翼線か左中間への長打を打てるかも――」
もちろん、当時はそんな説明口調で考えていたわけじゃない。もっとざっくりと「外角の速球が来たら、ガツンと打っちゃうんじゃないか?」というイメージだったけれど、2ボール1ストライクと絶好のバッティング・カウントになった4球目、イメージ通りの速球が外寄りに来たから、鳥肌が立った。青木のバットがそれを捉えた瞬間、記者席で思わず、「あっ」と言ってしまった。客観的に試合を見なければならない記者にとってはあるまじき行為だが、想像した通りのライナーがレフトに飛んだからだ。頭の中で、「青木の同点打」、「バムガーナー投入は失敗」という文字が踊った。
ただし、視界の片隅に、守りに定評のあるレフトのフアン・ペレスがわずかに守備位置を左に寄せているのが映った。わずかにスライスしながら、力強く飛んでいく打球と、落下地点めがけて一直線に駆け寄るペレス。スリリングな瞬間。息を呑む一瞬ののち、ドンピシャのタイミングでペレスがランニング・キャッチした。
9回裏にも同点のチャンスをつかんだロイヤルズだったが、結局は鬼神の如くマウンドに立ち続けたバムガーナーに抑えられ、ワールドシリーズ優勝を逃した(注:ロイヤルズはその翌年に30年ぶりのワールドチャンピオンとなった)。
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