専門5誌オリジナル情報満載のスポーツ総合サイト

  • サッカーダイジェスト
  • WORLD SOCCER DIGEST
  • スマッシュ
  • DUNK SHOT
  • Slugger
MLB

大谷翔平のバントが思い起こさせた、イチローの言葉。「頭を使わない野球」の時代に現われた偉才の価値<2021百選>

新井裕貴(SLUGGER編集部)

2021.12.14

『頭を使わなくてもできる野球』。イチロー自身の真意は明らかにされていないものの、現在の球界に起きている現状を考えると、おそらくこういうことではないか。みな一様に長打を狙い、三振をして、アウトを重ねる。それがひたすら続く“ショー”。

 平均球速が150キロを超えてくる投手に対抗するため、打者は“最適”と思われるスウィングをする。打てなくても仕方ない。もちろん、そのスウィングを形作る過程では、最新機器を使って“頭を使う”。しかし、どんな試合展開であっても、やっているプレーは一緒。何かが変わることはない。

 こうした背景を考えた時、大谷が行なったセーフティバントの“意味”が深くなってくる。大谷は本塁打を打つよりも出塁することの重要性を「考えて」、自らの判断でバントをした。そして、現代野球では得点価値が高くないとされる盗塁を決めて、二塁まで進んだ。

 一連の行為はすべて、『頭を使った野球』のそれなのだ。

 それを証明するように指揮官のジョー・マッドンは大谷のバントについてこう語っている。

「先頭打者として打席に入り、出塁するためにバント安打を決めるというのは、本当に自分のためにやっているわけではない証。深みのあるプレーだった。オオタニの本能や洞察力について話す時はいつでもそうなんだが、まさにそれが5回のプレーに表れている。自ら考えて野球ができる選手と言えるだろうね。私からすれば、あのバントは600フィート(約182メートル)飛ばしたホームランよりも印象的だった」
 
 マッドンは球界きっての智将として絶対的な地位を築いてきた。貧乏球団タンパベイ・レイズでは、どこよりも先んじてシフトの重要性に目を付け、あらゆるデータを駆使して勝利を収めてきた。しかし、マッドンもまた現代野球の画一性を「つまらない」と評し、例えばバント、ベースランニングなど“動きのある”プレーが、球界にもファンにも重要だと熱弁している。

 大谷翔平という存在は、二刀流という歴史上でも類を見ないスタイルで大きな注目を集めている。そして、投打ともに備える圧倒的な能力をフルに発揮して、今季はMVP候補とまで呼ばれる大活躍。パワー、スピード。いずれも本当に凄い。

 しかし、イチローが半ば絶望している『頭を使わない野球』の中で、『頭を使う野球』というスタイルで風穴を開けている事実もまた、脚光が当たってしかるべきなのではないだろうか。ただのバントヒット1本。しかし、そこに至ったプロセスは、現代野球では希少とも言える発想なのだ。

 なぜ大谷が日本のファンだけでなく、アメリカ球界からも評価されるのか。今まで誰も見たことないようなプレーをしているのと同時に、“古き良き時代”の色香も感じさせてくれる、野球少年のようなその姿も、理由なのではないかと思う。

文●新井裕貴(SLUGGER編集部)
NEXT
PAGE

RECOMMENDオススメ情報

MAGAZINE雑誌最新号