ジョン・スタークスは、ニューヨーク・ニックスとシカゴ・ブルズが熾烈なライバル関係を繰り広げた1990年代、ニックスの主力選手の1人だった。マイケル・ジョーダンにも果敢に立ち向かった姿は多くの人々の心に刻まれているが、“バスケットボールの神様”との対戦は本人にとっても特別だったという。
オクラホマ州大出身のスタークスは1988年のNBAドラフトで指名漏れ。フリーエージェントでゴールデンステイト・ウォリアーズと契約するも1年で退団し、下部組織のCBAでのプレーを経て90年10月にニックスと契約した。
入団当初は無名の存在だったが、翌91年から指揮官に就任した名将パット・ライリーHC(ヘッドコーチ)の信頼を掴み、パトリック・ユーイングに次ぐ得点源へと成長。1996-97シーズンには最優秀シックスマン賞にも輝いた。
粘り強いディフェンスで相手を苦しめ、試合の流れを変えるプレーで何度も見せ場を作ったスタークス。なかでも、93年のイースタン・カンファレンス決勝第2戦で、ジョーダンとホーレス・グラント越しに左手で叩き込んだダンクは、今も語り継がれる名シーンとなっている。
現在60歳となったスタークスはポッドキャスト番組『The Pivot Podcast』で、この伝説のダンクを振り返った。
「私はホーレス・グラントの上からダンクを叩き込んだけど、マイク(ジョーダン)が写真に入ってくれたおかげで、より絵になるものになったんだ。彼はブロックしに来て、少し触れたんだけどね。
翌日、写真に写っている顔ぶれを見るまでは、あのプレーの凄さを実感していなかったよ。写真を見て『見たか、やったぜ!』と思ったね。あの瞬間、『ジョン・スタークスがここにいる』ということを世界に知らしめることができたんだ」
当時のニックスはブルズと激しいライバル関係にあったが、スタークスは「シカゴは別格の存在だった」と振り返る。
「マイク、スコッティ(ピッペン)、ホーレス...、彼らが揃えていたメンバー全員が別格だった。彼らが当時のNBAの基準だったんだ。私たちはそのレベルに到達するために、自分たちを追い込まなければならなかった」
その上で、マッチアップで火花を散らしたジョーダンについても回想している。
「もしマイクと毎日対戦できたなら、最高に楽しんだだろうね。私は最高の相手と競い合うのが大好きなんだ。それが自分の中のベストの力を引き出してくれるからね」
スタークスが人々の記憶に残るプレーを生み出せた背景には、ジョーダン率いるブルズという“最高の敵”の存在があったのは間違いない。
構成●ダンクシュート編集部
練習要員から大人気選手へと上り詰めたジョン・スタークス。そのきっかけはひとつの“故障”だった【NBA名脇役列伝・前編】
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入団当初は無名の存在だったが、翌91年から指揮官に就任した名将パット・ライリーHC(ヘッドコーチ)の信頼を掴み、パトリック・ユーイングに次ぐ得点源へと成長。1996-97シーズンには最優秀シックスマン賞にも輝いた。
粘り強いディフェンスで相手を苦しめ、試合の流れを変えるプレーで何度も見せ場を作ったスタークス。なかでも、93年のイースタン・カンファレンス決勝第2戦で、ジョーダンとホーレス・グラント越しに左手で叩き込んだダンクは、今も語り継がれる名シーンとなっている。
現在60歳となったスタークスはポッドキャスト番組『The Pivot Podcast』で、この伝説のダンクを振り返った。
「私はホーレス・グラントの上からダンクを叩き込んだけど、マイク(ジョーダン)が写真に入ってくれたおかげで、より絵になるものになったんだ。彼はブロックしに来て、少し触れたんだけどね。
翌日、写真に写っている顔ぶれを見るまでは、あのプレーの凄さを実感していなかったよ。写真を見て『見たか、やったぜ!』と思ったね。あの瞬間、『ジョン・スタークスがここにいる』ということを世界に知らしめることができたんだ」
当時のニックスはブルズと激しいライバル関係にあったが、スタークスは「シカゴは別格の存在だった」と振り返る。
「マイク、スコッティ(ピッペン)、ホーレス...、彼らが揃えていたメンバー全員が別格だった。彼らが当時のNBAの基準だったんだ。私たちはそのレベルに到達するために、自分たちを追い込まなければならなかった」
その上で、マッチアップで火花を散らしたジョーダンについても回想している。
「もしマイクと毎日対戦できたなら、最高に楽しんだだろうね。私は最高の相手と競い合うのが大好きなんだ。それが自分の中のベストの力を引き出してくれるからね」
スタークスが人々の記憶に残るプレーを生み出せた背景には、ジョーダン率いるブルズという“最高の敵”の存在があったのは間違いない。
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