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【名作シューズ列伝】カリーがブランドの知名度向上の立役者に!アンダーアーマーの初代モデル「UA CURRY 1」

西塚克之

2020.11.20

カリーは2013年にアンダーアーマーと契約。自身のブレイクもあり、今ではブランドの看板選手となった。(C)Getty Images

 人に歴史あり。バスケにスーパースターあり。スーパースターにシグネチャーモデルあり。シグネチャーモデルにBOXあり! 

 ステフィン・カリーはアメリカ合衆国オハイオ州アクロン生まれ、ノースカロライナ州
シャーロット出身。父親は1990年代にシャーロット・ホーネッツやミルウォーキー・バックスなどでプレーしたシューターのデル・カリー。弟はフィラデルフィア・セブンティシクサーズのセス・カリーと、絵に描いたようなバスケットボール一家出身です。なお、ステフィンが生まれた病院はレブロン・ジェームズと同じでした。

 高校2年時に父の熱血指導でシュートフォームを改善し、現在の原型が作り上げられました。ただ身長183cmと小柄だったため、メジャー大学からの奨学金オファーはなく、地元のデイビッドソン大に進学します。

 するとここから彼の快進撃がスタートします。当時は完全な無名選手でしたが、1年時から平均21.5点を叩き出す活躍で、チームのカンファレンス優勝に大きく貢献。身長が191cmまで伸びた2年時には、平均25.5点、3年生時は平均28.9点をあげてNCAAオールアメリカンのファーストチームに選ばれ、NBAスカウトからも注目を集めることになりました。
 
 2009年のドラフトでは、1巡目7位でゴールデンステート・ウォリアーズから指名を受け、名将ドン・ネルソンから寵愛を受けます。1年目から平均17.5点、4.5リバウンド、5.9アシスト、1.9スティール、月間最優秀新人に3回選ばれるなど予想以上の結果を残し、オールルーキファーストチームに選ばれました。2年目にはオールスターのスキルズチャレンジで優勝、フリースロー成功率は93.4%でリーグトップに輝きました。

 その後も年を追うごとに成績を伸ばしていったカリーは、14年のオールスターゲームにファン投票で先発出場。15年にはスティーブ・カーHCの下、クレイ・トンプソンとのスプラッシュ・ブラザーズが旋風を巻き起こします。2人の正確無比な3ポイントを武器に、同年に67勝をあげたウォリアーズは、プレーオフでも順調に勝利を重ね、40年ぶりの頂点に立ちました。



 今回ご紹介する「UA CURRY 1」は、ウォリアーズが優勝した15年にアンダーアーマーから発売された、カリーの初代シグネチャーモデルです。

 機能面は「ana foam」が足を包み込み、抜群のフィット感をもたらします。負荷の掛かる部分にはメッシュ素材の間に「EVAフォーム」を追加。「エクスターナル・ヒールカウンター」がかかとをしっかりと固定します。同箇所にロゴマーク「SC」が大きく入っているのも特徴です。