2022-23シーズンを最後にNBAの舞台から遠ざかっているジョン・ウォールは、将来を嘱望された選手の1人だった。相次ぐケガでキャリアの歯車が大きく狂ってしまった元オールスターガードが、ブラッドリー・ビール(現ロサンゼルス・クリッパーズ)と長年コンビを組んだワシントン・ウィザーズ時代を振り返っている。
名門ケンタッキー大から2010年ドラフトの全体1位でウィザーズ入りしたウォール。新人王こそ逃したものの、ルーキーイヤーから平均16.4点、8.3アシスト、1.8スティールの好成績を残すなど、瞬く間に中心選手となった。
ウォール加入後も23勝、20勝と2年連続で下位に低迷したチームは、12年のドラフト全体3位指名でビールを獲得する。
ウォールが20年12月にヒューストン・ロケッツへ移籍するまでの8シーズン、2人はバックコートコンビを結成。その間にチームはプレーオフに4回出場し、うち3回はカンファレンス準決勝まで駒を進めた。
ケンテイビアス・コールドウェル・ポープ(メンフィス・グリズリーズ)がホストを務めるポッドキャスト番組『The Dawg Talk Podcast』に出演した34歳のウォールは、「俺とブラッドは、早くから才能を開花させたと思う」と振り返った。
「いいデュオだったけど、当時は勝ち方やクローザーになる方法を知らなかった。それを理解し始めたのはしばらく経ってからだった。彼のキャリア初期には俺がケガをしていたし、彼自身も少しケガがあった」
そのなかで、のちに殿堂入り選手となるポール・ピアースが在籍した14-15シーズンは、特別な充実感があったという。ウィザーズはレギュラーシーズンを46勝36敗(勝率56.1%)で終え、イースタン・カンファレンスの第4シードを獲得。
プレーオフでは1回戦でトロント・ラプターズに4連勝を飾るも、カンファレンス準決勝でアトランタ・ホークスに2勝4敗で敗退した。しかし、ウォールやその他の選手たちは優勝経験を持つベテランから多くを学んだ。
「ポール・ピアースがいた年、彼はどうすればクローザーになれるか、毎日小さなことを積み重ねる“働き者”になれるかを教えてくれた。俺が(カンファレンス準決勝の)初戦で(左)手を5か所骨折するまで良かったんだ。あの時はイースタン・カンファレンス決勝でキャブズ(クリーブランド・キャバリアーズ)と対戦できるチャンスだと思った。
ポールは以前とは違っていたから、誰もブロン(レブロン・ジェームズ)を止められない。ブロンは成績を残すだろう。でも、ブロンはポールが何をできるか知っていたから、彼をリスペクトしなければならなかった。俺、ブラッド(ビール)、(マーチン)ゴータット、相性は良かったと思う。レギュラーシーズンを見たら、いつも素晴らしい試合をしていたはずだ」
ウォールは19年に左足アキレス腱を断裂し、翌シーズンは全休を余儀なくされ、20年12月にトレードでロケッツへ放出された。
ビールとのコンビや当時のウィザーズの可能性に関してウォールは、「ブラッドは俺が全休した年(19-20シーズン)を含めて2年連続で平均30点をマークした。彼と一緒にプレーを続けていたら、もっと素晴らしい結果になっていたと思う。ケガさえなければ、ウィザーズはカンファレンス決勝に間違いなく行けただろう」と思いを馳せていた。
構成●ダンクシュート編集部
ウォールが全盛期を過ごしたウィザーズ時代を回想「間違いなく自分こそが史上最高のウィザードと自負している」<DUNKSHOOT>
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ウォールが20年12月にヒューストン・ロケッツへ移籍するまでの8シーズン、2人はバックコートコンビを結成。その間にチームはプレーオフに4回出場し、うち3回はカンファレンス準決勝まで駒を進めた。
ケンテイビアス・コールドウェル・ポープ(メンフィス・グリズリーズ)がホストを務めるポッドキャスト番組『The Dawg Talk Podcast』に出演した34歳のウォールは、「俺とブラッドは、早くから才能を開花させたと思う」と振り返った。
「いいデュオだったけど、当時は勝ち方やクローザーになる方法を知らなかった。それを理解し始めたのはしばらく経ってからだった。彼のキャリア初期には俺がケガをしていたし、彼自身も少しケガがあった」
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「ポール・ピアースがいた年、彼はどうすればクローザーになれるか、毎日小さなことを積み重ねる“働き者”になれるかを教えてくれた。俺が(カンファレンス準決勝の)初戦で(左)手を5か所骨折するまで良かったんだ。あの時はイースタン・カンファレンス決勝でキャブズ(クリーブランド・キャバリアーズ)と対戦できるチャンスだと思った。
ポールは以前とは違っていたから、誰もブロン(レブロン・ジェームズ)を止められない。ブロンは成績を残すだろう。でも、ブロンはポールが何をできるか知っていたから、彼をリスペクトしなければならなかった。俺、ブラッド(ビール)、(マーチン)ゴータット、相性は良かったと思う。レギュラーシーズンを見たら、いつも素晴らしい試合をしていたはずだ」
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