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NBA

デュラント以外はスター不在の背番号35。ブーイ、モリソンら“期待外れビッグマン”の印象が強く…【NBA背番号外伝】

出野哲也

2020.04.29

90年代のセルティックスを背負って立つ存在だったルイスはキャリア半ばにして病死。亡くなった2年後に欠番となった。(C)Getty Images

90年代のセルティックスを背負って立つ存在だったルイスはキャリア半ばにして病死。亡くなった2年後に欠番となった。(C)Getty Images

 一方、レジー・ルイスは不幸な形でキャリアを断たれた1人だ。90年代初期のボストン・セルティックスで頭角を現わし、バードの引退後はキャプテンを継承。順風満帆のプロ生活を送っていたが、93年のオフシーズン、練習中に倒れて27歳の若さでこの世を去った。95年に欠番となったが、死後の欠番は球団史上初めてのケースだった。

 もちろん成功例もいくつかある。ルイス以前の35番で活躍した選手としては、ポール・サイラスが思い浮かぶ。フェニックス・サンズからセルティックスに移った72年に29番から35番に変えると、4年連続で平均2桁リバウンドを記録し、74、76年の優勝に貢献。シアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)移籍後もこの番号で、79年に自身3度目の優勝を味わった。

 80年代にユタ・ジャズの主力だったダレル・グリフィスは、“ドクター・ダンケンシュタイン”と呼ばれた豪快なダンクに加え、シュートも上手く83-84シーズンに3ポイント成功率1位に輝いている。引退までジャズでプレーし続けたグリフィスは93年、同番号着用者として、存命中に欠番とされた唯一の選手となった。もう1人の欠番であるロジャー・ブラウンは、インディアナ・ペイサーズがABAで3度王者に輝いた黄金期の中心メンバー。ペイサーズの契約選手第1号でもあり、高い得点力と勝負強さが売りだった。NBA編入前に引退し、97年に亡くなっているが、殿堂入りした2013年に欠番とされている。
 
 欠番ではないがラリー・ケノンもABA出身者で、74年にニューヨーク(現ブルックリン)・ネッツで優勝を経験。NBAではサンアントニオ・スパーズの中心選手として人気を博し、2度オールスターに選ばれた。

 ルディ・ラルッソは60年代にレイカーズの一員として4度もファイナルに出場したが、8連覇中のセルティックスに阻まれ1度も優勝できなかった。5度目のオールスターに選ばれた69年を最後に、家庭を優先させるため31歳で引退している。一方、シカゴ・ブルズのジェイソン・キャフィー、レイカーズのマーク・マドセンは、選手としては今ひとつながら強豪球団に所属していたため、チャンピオンリングを獲得したラッキーな例だ。

 そのほか、アーメン・ギリアムやロイ・ボート、クリス・ケイマンにジェイソン・コリンズら、35番にはビッグマンが多めなのも特徴。最近でもデンバー・ナゲッツで活躍したケネス・ファリード、現役のマービン・バグリー三世(キングス)、クリスチャン・ウッド(デトロイト・ピストンズ)もみなビッグマンである。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2014年8月号掲載原稿に加筆・修正。

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