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NBA

「個人成績のためにプレーしない」。優勝に届かなかった“戦士”マローンがNBAに残した財産【レジェンド列伝・後編】<DUNKSHOOT>

出野哲也

2021.09.16

2003年に移籍したレイカーズで3度目のファイナル進出。しかしチームはピストンズに完敗し、このシーズン限りでコートを去った。(C)Getty Images

2003年に移籍したレイカーズで3度目のファイナル進出。しかしチームはピストンズに完敗し、このシーズン限りでコートを去った。(C)Getty Images

 マローンは毀誉褒貶のつきまとう選手だった。最も批判されたのはHIVウイルスに感染し引退していたマジック・ジョンソンが現役復帰を試みた際、反対派の先頭に立ったことである。たちまちバッシングに遭い「他の選手たちが囁いていたことを、公にしたまでだ」と反論したが、結局マジックをカムバック断念に追い込んでいる。

 現役中にプロレスに挑戦し、デニス・ロッドマンとリングで戦ったのも、一流のアスリートらしからぬ行為だった。もっとも「昔からプロレスが好きだったんだ。プロレスは八百長なんかじゃない、リアルなスポーツだよ」とのマローンの熱弁を聞く限りでは、案外本気だったのかもしれない。
 
 プロレス好きとの関連は定かではないが、NBA屈指のダーティーな選手とも見られていた。大学時代からすでに「マローンのヒジには注意しろ」と言われていたし、91年にはアイザイア・トーマスの顔面にヒジ打ちを食らわし、40針もの大ケガをさせていたから、こうした評判も根拠のないものではなかった。

 この他にも、女性関係のスキャンダルにも何度か見舞われている。とはいえ、こうした醜聞も彼の選手としての偉大さを貶めるものではない。10年にはストックトンや長年の師ジェリー・スローンから1年遅れで殿堂入りした。

 ジャズの元オーナー、故ラリー・ミラーは「カールを一言で表現するなら“戦士”だ。ひどいケガを負っている時も、それをおくびにも出さずにプレーしていた」と語っている。

 2度のMVPや得点記録の偉大さは言うまでもない。だがそれ以上に、こうした日々の努力や仕事に対する真摯な姿勢こそ、マローンがNBAに残した最も貴重な財産なのだろう。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2010年7月号掲載原稿に加筆・修正。

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