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海外サッカー

「オノはマドリーに行けた!」元フェイエノールト幹部が小野伸二の“黄金期”を回想「常に日本代表に招集されて…」

THE DIGEST編集部

2021.05.11

天才的なプレーの数々でフェイエノールトを牽引した小野。創造性豊かなパフォーマンスは観る者を圧倒した。ちなみに左隣は若き日のファン・ペルシ。(C)Getty Images

天才的なプレーの数々でフェイエノールトを牽引した小野。創造性豊かなパフォーマンスは観る者を圧倒した。ちなみに左隣は若き日のファン・ペルシ。(C)Getty Images

 その天才的なプレーは、色褪せはしない。元日本代表MFの小野伸二だ。

 日本サッカー界が生んだ稀代の天才が、世界的な注目を集めるようになったのは、浦和レッズでプロキャリア4年目を迎えた2001年の夏、オランダの古豪フェイエノールトへ移籍した時だった。

 観る者を魅了する卓越した技巧と十八番の“ベルベットパス”など抜群のパスセンスでチームを牽引。移籍1年目にUEFAカップ制覇に貢献した小野は、06年の1月に浦和へ復帰するまで、フェイエノールトの絶対的な主力として君臨した。

 当時の指揮官で、オランダの智将として知られるベルト・ファン・マルバイクが後に「彼は私が今までに見てきた選手の中で最高の選手だ」と称賛した小野伸二は、クラブにとっても黄金期と言える時代を支えたレジェンドにほかならない。

 そんなサムライ戦士に対する評価は揺るぎない。小野に関して「レアル・マドリーにも行けるだけの実力があった」と断言するのは、当時のフェイエノールトでテクニカル・ディレクターを務めていたロブ・バーン氏だ。

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 浦和からの小野獲得にも尽力したバーン氏は、現地時間5月8日に開催された出版イベントに合わせたオランダ公共放送『Rijnmond』の取材で、こう力説した。

「オノは本当に素晴らしかった。私はいまだに彼なら、あの時のマドリーでもプレーできたと100%確信している。ベルト・ファン・マルバイクに聞いても、同じことを言うと思うよ。彼は本当に優れた洞察力を持ち、技術的にも素晴らしい選手だった」

 ただ、同氏は「残念ながら怪我のせいでビッグクラブへのステップアップは実現しなかった」とも回想。続けて「彼が常に日本代表に招集されていたことも一因だった。怪我を負っても、長距離移動は続いた。我々も難しい状況でもプレーせざるを得なかった」と嘆いた。

 19年の時が流れてもクローズアップされる小野。フェイエノールト関係者の中でも、その存在は別格なのだろう。

構成●THE DIGEST編集部
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