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名将ファーガソンに「悲劇だった」と批判された元マンU戦士が“本音”を告白「僕は最高の選手になりたくて…」

THE DIGEST編集部

2021.05.29

ファーガソンの熱烈な誘いを受け、レッドデビルズの一員となったハーグリーブスだったが、本領発揮はできなかった。(C)Getty Images

ファーガソンの熱烈な誘いを受け、レッドデビルズの一員となったハーグリーブスだったが、本領発揮はできなかった。(C)Getty Images

「振り返れば、あまり良い思い出ではない補強はオーウェン・ハーグリーブスだ。2006年の夏の彼は驚異的であったし、ロイ・キーンの穴を埋めるために必要としていたタイプの選手でもあったんだがね」

 名将アレックス・ファーガソンは、2013年に出版した自叙伝で、27年間の長期政権を築いたマンチェスター・ユナイテッドで指導した愛弟子について振り返った。

 レッドデビルズ(赤い悪魔の意。マンチェスター・Uの愛称)で、稀代の名将が他クラブから引き抜いたタレントは、挙げはじめたらきりがない。エリック・カントナやロイ・キーン、ルート・ファン・ニステルローイ、クリスチアーノ・ロナウドが代表格と言えるだろうか。

 ハーグリーブスもその一人になるはずだった。だがしかし、マンチェスター・Uでは度重なる怪我に悩まされ、本領を発揮できなかった。英紙『Daily mail』によれば、そんなイングランド屈指の名手についてファーガソンは、こうも記している。

「私はドイツ・ワールドカップ決勝で彼の代理人と会った。いい男だ。弁護士でね。私は『ユナイテッドは彼を成長させられる』と言った。だが、結局は悲劇になったね。ハーグリーブスは、自分のすべてに自信を持っていなかった。フィジカル的な困難を乗り越えるという十分な決意を見せなかった。トレーニングでも、彼はしばしば容易すぎるチョイスをしていたのを目にした。私の好みではなかったんだ」

 2500万ユーロ(約31億2500万円)という移籍金に見合わなかったハーグリーブスの仕事ぶりは、クラブ史上最高の指揮官と謳われる“サー”の不満の対象となった。しかし、槍玉にあげられた側にも、“恩師”へ思うところがあるようだ。

【動画】ファーガソンを惚れ込ませたハーグリーブスのバイエルン時代に決めたゴラッソはこちら
 現地時間5月27日に地元紙『Manchester Evening News』の取材に応じたハーグリーブスは、「その発言を耳にした時、驚いて僕はすぐに彼に電話をかけたよ」と、本音を打ち明けている。

「僕は最高の選手になりたくてマンチェスター・ユナイテッドに行った。サー・アレックスのためにプレーし、素晴らしいチームの一員になりたかったんだ。決して簡単な決断ではなかった。生まれ故郷ではない国でのプレーだからね。

 たしかに望まれたような結果ではなかったと思う。色々なことがあったからね。でも、僕は僕なりに努力をしていたつもりだ。そして、何より彼の期待外れではなかったと思うよ。なぜなら、彼は僕が健康だった時には頻繁にプレーさせていたんだからね」

 さらにハーグリーブスは、2012年の夏に“隣人”であるマンチェスター・シティへ移籍した際に、ファーガソンからかけられた驚きの言葉も明かしている。

「彼との会話の多くをここで明かすつもりはないよ。ただ、僕がシティに行った時に『私はそれがライバルの助けになるとは思わんがね』と言ってきた。あれだけは驚いたね」

 その後、2012年に現役を引退したハーグリーブスは、ファーガソンと「決して不仲ではない。お互いに腹を割った話し合いをしてきた」というが、その胸の内やいかに――。

構成●THE DIGEST編集部
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