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「素晴らしい時間だった」 すい臓癌との戦いの末に名将エリクソンが76歳で逝く…サッカー界の功績だけでなくその人間性にも多方面から賛辞

THE DIGEST編集部

2024.08.28

76年の人生に幕を閉じた元イングランド代表監督のエリクソン。(C)Getty Images

 スウェーデン出身で、1970年代から約40年間にわたって多くの欧州クラブ、代表チームを率いたスベン・ゴラン・エリクソンが、8月26日にかねてから闘病していたすい臓癌によって76年の人生に幕を閉じた。

 今年初め、自身の病状について「長くてあと1年しか生きられない」とショッキングな告白をしていた名将は、「Amazon Prime」の自身のドキュメンタリー番組で「私は、可能ことは全てやろうとする前向きな人間として記憶されたい。悲しみではなく、笑顔で。コーチ、選手、観客の皆さん、全ての人々に感謝している。素晴らしい時間だった。皆さんには、自分と人生を大切にして欲しい。さようなら」と別れのメッセージを残していた。

 3月23日には、アンフィールドでのチャリティーマッチでリバプールのレジェンドチームを率い、「いつかリバプールの監督になりたいと常に願っていた。人生の大きな思い出になるだろう。美しい1日だった。(監督キャリアを)リバプールで終えられるとは、これ以上に素晴らしいことはない」と、生涯の夢を実現させた彼は、サッカー界に多くの実績と思い出を残して、最後は愛する家族に見守られながら旅立ったという。
 
 1948年2月5日にスウェーデンのトルスビーで生まれ、国内クラブでプレーした後、1977年より監督のキャリアをスタートさせたエリクソンは、1982年にヨテボリでUEFAカップを制したことで国外進出。ベンフィカでは3度のリーグ優勝の他、1989-90シーズンにはチャンピオズカップ(現チャンピオンズリーグ)で決勝進出も果たして、世界的にその手腕を評価されることとなった。

 1984年に当時世界最高峰リーグだったイタリア・セリエAに移り、ローマ、フィオレンティーナ、サンプドリア、ラツィオを指揮。ラツィオでは1998-89シーズンにカップウィナーズ・カップの最後の王者となり、翌シーズンにはクラブに史上2度目のスクデットをもたらして、大きな勲章を手にしている。

 こうした功績から、2001年にイングランド代表から初の外国人監督として招聘され、ワールドカップは2002年日韓大会と2006年ドイツ大会、EUROは2004年ポルトガル大会に出場し、いずれもベスト8入り。その後は2019年にキャリアの終焉を迎えるまで、プレミアリーグではマンチェスター・シティ、レスターで後の栄光の礎を築いた他、中米、アフリカ、中東、アジアのクラブや代表チームの監督を歴任した。
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