25歳でテニスを始め、32歳でプロになった市川誠一郎選手は、夢を追って海外のITF(国際テニス連盟)大会に挑み続ける。雑草プレーヤーが知られざる下部ツアーの実情や、ヨーロッパのテニス環境、選手たちの取り組みについて綴る転戦記。
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前回は、ヨーロッパなど海外の選手がジュニアからどのようにプロの下部ツアーに移行しているのか、最近の世界ランク1位のプレーヤーたちを例に取り、そのキャリアパスを紹介しました。今回は、チャレンジャー大会(ATPツアーの1つ下のカテゴリー)を抜けるのに何年かかかった最近の選手を検証したいと思います。
現在の若手トップ選手の中にも、歴代ナンバー1たちほどのスピード感では結果を出せず、下部ツアーで時間を費やした選手もいます。それでも大学進学などに方針転換せず、迷わず努力を続けてツアーを回り続けることがブレークスルーにつながっています。
■ブ・ユンチャオケテ(中国/2002年1月19日生まれ)/現在157位(※26年4月20日付/以下同)
2017年:15歳でITFプロ大会出場開始。
2018~2021年:全く活躍なし
2022年:20歳でITF初優勝。この年6大会優勝。チャレンジャー出場開始。
2023年:21歳でチャレンジャー初優勝。
【ランキング推移】22年(20歳)277位⇒23年(21歳)171位⇒24年(22歳)65位
この選手はアルカラスが長年拠点としたスペインのホアン・カルロス・フェレーロのアカデミーで練習する選手。ITF大会出場は15歳とトップ選手の平均的スピードですが、その後、世界ランキングを獲得するのに5年も時間がかかっています。
世界ランキングは下部ツアーの本戦1回戦を勝つと獲得できるもので、5年間1度も本戦で1回戦すら勝っていなかったことになります。これは下部ツアーに出場する通常の選手に比べてもかなり遅い方ですが、それでも変わらずツアーを回り続けたのです。
5年間全く結果が出ていないにもかかわらず、世界ランキングを獲得した年に一気にブレークスルーして下部ツアーで優勝。その後トップ100を突破しています。
彼がブレークスルーした年は、毎週下部ツアー大会が開催されるチュニジアに長期滞在して出場を続けていました。ブレークスルーがいつ起きるかは本当に誰にもわからず、突然やってきます。結果が出ないことが続いても、歩みを止めないことの重要性を確認できる一例です。
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前回は、ヨーロッパなど海外の選手がジュニアからどのようにプロの下部ツアーに移行しているのか、最近の世界ランク1位のプレーヤーたちを例に取り、そのキャリアパスを紹介しました。今回は、チャレンジャー大会(ATPツアーの1つ下のカテゴリー)を抜けるのに何年かかかった最近の選手を検証したいと思います。
現在の若手トップ選手の中にも、歴代ナンバー1たちほどのスピード感では結果を出せず、下部ツアーで時間を費やした選手もいます。それでも大学進学などに方針転換せず、迷わず努力を続けてツアーを回り続けることがブレークスルーにつながっています。
■ブ・ユンチャオケテ(中国/2002年1月19日生まれ)/現在157位(※26年4月20日付/以下同)
2017年:15歳でITFプロ大会出場開始。
2018~2021年:全く活躍なし
2022年:20歳でITF初優勝。この年6大会優勝。チャレンジャー出場開始。
2023年:21歳でチャレンジャー初優勝。
【ランキング推移】22年(20歳)277位⇒23年(21歳)171位⇒24年(22歳)65位
この選手はアルカラスが長年拠点としたスペインのホアン・カルロス・フェレーロのアカデミーで練習する選手。ITF大会出場は15歳とトップ選手の平均的スピードですが、その後、世界ランキングを獲得するのに5年も時間がかかっています。
世界ランキングは下部ツアーの本戦1回戦を勝つと獲得できるもので、5年間1度も本戦で1回戦すら勝っていなかったことになります。これは下部ツアーに出場する通常の選手に比べてもかなり遅い方ですが、それでも変わらずツアーを回り続けたのです。
5年間全く結果が出ていないにもかかわらず、世界ランキングを獲得した年に一気にブレークスルーして下部ツアーで優勝。その後トップ100を突破しています。
彼がブレークスルーした年は、毎週下部ツアー大会が開催されるチュニジアに長期滞在して出場を続けていました。ブレークスルーがいつ起きるかは本当に誰にもわからず、突然やってきます。結果が出ないことが続いても、歩みを止めないことの重要性を確認できる一例です。




