大会開催を告げるバナーを、有明コロシアムに続く道で目にした時、懐かしい思いがしたという。会場に足を踏み入れれば、1年前の優勝トロフィーを抱える自分の写真も目に飛び込む。
女子テニス国際大会「安藤証券オープン」(4月20日~26日/東京・有明/W100)のディフェンディングチャンピオンの園部八奏(そのべわかな)は、今年、ファンとの交流のため大会会場を訪れていた。サイン会ではファンと言葉を交わし、笑みを広げて写真に収まる。
「コートに戻ってくる日を楽しみにしています」と、温かいエールを送ってくれる方たちもいる。それは園部にとって、「久しぶりにファンの方たちに会えて、楽しい」ひと時だった。
2025年12月19日——。新シーズンに向けNTC(ナショナルトレーニングセンター)でトレーニングに励んでいた最中に、それは起きた。
前十字靭帯断裂。
元世界ジュニアランキング1位。WTAランキング最高位は224位。将来を嘱望される17歳(当時)はその時から、コート離脱を余儀なくされた。
ハードルを飛び越えるトレーニング中、バランスを崩しながら着地した時、彼女は自身の左ヒザが、「ボキッ」っと鈍い音を立てるのを聞いたという。
「うつぶせに倒れて、そのまま立てなかった。車いすで、NTCに隣接するJISS(国立スポーツ科学センター)のドクターのところに運ばれました」
4カ月前のその時を、園部がゆっくりと振り返る。検査を終え、医師から伝えられた診断名は「前十字靭帯断裂」。ただ故障個所を言われても、さほどピンとは来ない。事態の深刻さを知るのは、続く言葉を聞いた時だ。
「復帰までは、8カ月かかるでしょう」
言葉は耳に届いてはいるが、頭が理解を拒絶する。
「8カ月っていったら、ほぼ1年。長すぎるし、全豪オープンも楽しみにしていたし。もう、なんかよくわかんない......みたいな感じで。車いすでNTCの宿舎の部屋に連れていってもらって、その日は部屋で泣いていました」
翌日に園部が向かったのは、神奈川県の寒川病院。男子テニスの西岡良仁の前十字靭帯の手術も執刀した、三谷玄弥医師の診断を仰ぐためだ。
果たして三谷医師の診断も、前十字靭帯断裂。ただ不幸中の幸いというべきか、半月板等に損傷は無かった。
手術を受けたのは、負傷の4日後。自身の左ヒザ裏の腱を取り出し、切れた前十字靭帯を再建した。術後、数日は「痛み止めを飲んでも収まらない」ほどの痛みに襲われたという。加えて胃腸炎にも掛かり、「その時期が身体的にはいちばん辛かった」と振りかえる。
本来なら、陽光眩しい真夏の南半球で迎えるはずの新年は、一人、病院で迎えた。
「入院中は家族が頻繁に来てくれてたんですけど、年末年始は一人で年越し。ポケーってしているうちに『ああ、年変わったなぁ』みたいな感じでした』
4歳でテニスを始めて以来、これほどまで長くラケットを握らないのも、初めての経験だった。
久しぶりに日本で過ごす、心身の痛みを伴った年末年始。ただリハビリの日々は、落ち込む間もなくスタートする。
手術の数日後には、器具を装備しヒザを伸ばす運動をはじめた。約1週間後には、松葉杖を使い「3分の1ほどの荷重で歩く練習」ができるようになった。初めて松葉杖を外して歩行練習をしたのは、手術の3週間後。椅子に座った状態でボールを打ったのが、1月29日。医師の描くタイムテーブル通り。あるいは、それよりもやや早いペースだ。
女子テニス国際大会「安藤証券オープン」(4月20日~26日/東京・有明/W100)のディフェンディングチャンピオンの園部八奏(そのべわかな)は、今年、ファンとの交流のため大会会場を訪れていた。サイン会ではファンと言葉を交わし、笑みを広げて写真に収まる。
「コートに戻ってくる日を楽しみにしています」と、温かいエールを送ってくれる方たちもいる。それは園部にとって、「久しぶりにファンの方たちに会えて、楽しい」ひと時だった。
2025年12月19日——。新シーズンに向けNTC(ナショナルトレーニングセンター)でトレーニングに励んでいた最中に、それは起きた。
前十字靭帯断裂。
元世界ジュニアランキング1位。WTAランキング最高位は224位。将来を嘱望される17歳(当時)はその時から、コート離脱を余儀なくされた。
ハードルを飛び越えるトレーニング中、バランスを崩しながら着地した時、彼女は自身の左ヒザが、「ボキッ」っと鈍い音を立てるのを聞いたという。
「うつぶせに倒れて、そのまま立てなかった。車いすで、NTCに隣接するJISS(国立スポーツ科学センター)のドクターのところに運ばれました」
4カ月前のその時を、園部がゆっくりと振り返る。検査を終え、医師から伝えられた診断名は「前十字靭帯断裂」。ただ故障個所を言われても、さほどピンとは来ない。事態の深刻さを知るのは、続く言葉を聞いた時だ。
「復帰までは、8カ月かかるでしょう」
言葉は耳に届いてはいるが、頭が理解を拒絶する。
「8カ月っていったら、ほぼ1年。長すぎるし、全豪オープンも楽しみにしていたし。もう、なんかよくわかんない......みたいな感じで。車いすでNTCの宿舎の部屋に連れていってもらって、その日は部屋で泣いていました」
翌日に園部が向かったのは、神奈川県の寒川病院。男子テニスの西岡良仁の前十字靭帯の手術も執刀した、三谷玄弥医師の診断を仰ぐためだ。
果たして三谷医師の診断も、前十字靭帯断裂。ただ不幸中の幸いというべきか、半月板等に損傷は無かった。
手術を受けたのは、負傷の4日後。自身の左ヒザ裏の腱を取り出し、切れた前十字靭帯を再建した。術後、数日は「痛み止めを飲んでも収まらない」ほどの痛みに襲われたという。加えて胃腸炎にも掛かり、「その時期が身体的にはいちばん辛かった」と振りかえる。
本来なら、陽光眩しい真夏の南半球で迎えるはずの新年は、一人、病院で迎えた。
「入院中は家族が頻繁に来てくれてたんですけど、年末年始は一人で年越し。ポケーってしているうちに『ああ、年変わったなぁ』みたいな感じでした』
4歳でテニスを始めて以来、これほどまで長くラケットを握らないのも、初めての経験だった。
久しぶりに日本で過ごす、心身の痛みを伴った年末年始。ただリハビリの日々は、落ち込む間もなくスタートする。
手術の数日後には、器具を装備しヒザを伸ばす運動をはじめた。約1週間後には、松葉杖を使い「3分の1ほどの荷重で歩く練習」ができるようになった。初めて松葉杖を外して歩行練習をしたのは、手術の3週間後。椅子に座った状態でボールを打ったのが、1月29日。医師の描くタイムテーブル通り。あるいは、それよりもやや早いペースだ。




