海外テニス

ウインブルドンで快進撃のムゼッティ!“3つのタトゥー”に込められた「家族、人生、未来」への熱い思い<SMASH>

内田暁

2024.07.12

ムゼッティの左腕に描かれたテニスへの情熱を表す「心電図とラケット」を組み合わせたタトゥー。(C)Getty Images

「まだ、何が起きているのか、ちゃんと把握しきれていないんだ」

 目を輝かせながら開口一番、彼は言った。

 グランドスラム(テニス四大大会)の過去最高戦績は、全仏オープンの4回戦。ウインブルドンでは、昨年の3回戦が最高だ。その彼が、準々決勝でテイラー・フリッツ(アメリカ/世界ランク12位)をフルセットで破り、初のベスト4進出。22歳のロレンツォ・ムゼッティ(同25位)は、イタリアのテニス史上、ウインブルドン準決勝進出者リストに名を連ねた、4人目の選手となった。

「僕の身体には、3つのタトゥーがあるんだ」

 彼がそう明かしたのは、ベスト8進出を決めた後の会見である。それらのいずれにも深い思い入れが刻み込まれていることは、口調からも明らかだった。

 一つは、船の「碇」であり、これは「家族」を意味するという。

「家族は常に、僕をサポートしてくれた。僕のために、大きな犠牲も払ってくれた」と、カッラーラ出身の青年は振り返る。

「テニスは多くの旅を要する、とてもお金の掛かるスポーツ」であることが、まずは一つ。さらに彼は、「母はまるでタクシードライバーのように、毎日、僕の練習の送り迎えをしてくれた」と真摯な口調で続けた。

「ロンドンのような大都市なら、大したことではないと感じるかもしれない。でも、カッラーラのような小さな町で、働きながら片道30分ずつ誰かのために運転するのは、大変なことなんだ」

 そのような家族の献身を少年時代から感じ、そして今回の結果で恩返しができたからこそ、「感情的になった」のだと彼は言った。
 
 二つ目のタトゥーは、「心電図にテニスラケットを組み合わせた」デザインのもの。この心電図は、医者の叔父に撮ってもらった、彼自身の心波形。そこにラケットを組み込んだのは、「僕がいかに、この競技に人生を捧げているか」を象徴しているという。

 彼がこのタトゥーを入れたのは、2021年の2月頃。

 その、約3カ月後……彼は、恐らくはキャリアで最もつらい敗戦を経験した。初めて出場した全仏オープン本戦で、勝ち上がった4回戦。そこで彼を待ち受けるのは、当時1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア/現2位)だった。

 そのテニス界の帝王から、ムゼッティは2セットを先取する。だがそこから2セットを奪い返されると、ファイナルセットは、瞬く間に4ゲームを取られた。そうして彼は、棄権する。試合後の会見では、棄権の理由はケガではなく、疲労によるケイレンと腰の痛みだと明かした。ただそれ以上に大きかったのは、心理的ダメージだろう。

「どうやってもポイントを取れなくなった。やめるのが賢明な判断だと思った」

 あの時の彼はコート上で、一切の光を見いだせなくなっていた。
 
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再び巡ってきたジョコビッチとの戦いに向けて