渡米後は、スカラシップ(奨学金)を得て大学に進学。ただそこでは、目先の勝利を求める指導者たちの方針に疑問を感じてもいた。そこで3年後に、アリゾナ州立大学へ編入する。
「アリゾナ州立大学のテニス部のヘッドコーチとアシスタントコーチが、いずれも素晴らしい方だというのは知っていました。大学に在籍しながらATPポイントを獲得し、プロになった選手も何人か育てているので」
その名将たちの門を叩くべく移った新天地で、松岡は、自分の成長を実感できたという。
「前の大学では、しぶとく粘り強く打ち返すテニスを勧められていたのですが、アリゾナ州立大のコーチたちは、僕の先々を見てくれました。『5年後に、どんなプレーをする選手になりたいのか? そこを今から心がけて試合した方がいい』という風に言ってくれたんです。ヘッドコーチにそう言ってもらえたことで安心して、そこからは一気に自分のやりたいプレーをできるようになったんです」
今の松岡の持ち味は、190センチに迫る長身から打ち下ろすサービスとフォアの強打を生かした、スケールの大きな攻撃テニス。チャンスがあれば前に詰め、相手にプレッシャーを掛けつつボレーも決めていく。今回の東京大会で彼を見た関係者たちも、「フォアがエグい!」「サービスの質もコースもいいなぁ」と感嘆の声を上げていた。
「前の大学にいた時は、どちらかというとつなぎながら、相手のミスを待つテニス。だからいざ攻めようとなった時に、力みすぎてミスも出ていたんです。でも今は、自信を持って攻められるようになりました」と松岡は明言した。
そんな彼に、もっとも自信のあるショットや得意とするポイントパターンを尋ねると……「ドロップショットですかね」の答え。
「そこを売りにしようと思って、すごく練習しているので」
なるほど、ドロップショットのように、やや虚を突かれる返答だった。
この夏に卒業を控えた彼は、その後はプロになることを心に決めているという。
偉大な父と同じ競技、同じ職業に身を置けば、比較されることは避けられないだろう。ただその点に関しても、彼はさほど気に留める風はない。
「子どもの頃は、父が特別な人だということをあまり知りませんでした。自分も、結構ぶっ飛んでいるというか、ネジが外れている方なので」
あっけらかんと、彼は語る。ただここ数年は、テニス選手としての父の大きさを実感しているとも言った。
「高校に入った頃から、こんなに近くに、一番テニスをわかっている人がいるということに気付けたんです。そこからは、父に色々と聞くようになりました。
アドバイスが欲しい時に自分の動画を送ると、丁寧に教えてくれます。最近だと、バックハンドで迷走していた時期に、技術的なアドバイスをもらってすごく助けてもらえました」
『松岡修造の息子』として見られることにも、抵抗はないと言う。
「注目されるのは嫌いじゃない。小さい頃から目立つのは好きだったし、父のおかげで色んな方から興味を持って頂いたり応援してもらえるのは、すごくアドバンテージだと思います」
語り口の実直さにも、父の姿が重なった。
たっぷりとお話を伺ったその最後、彼は再び「本当に、今日は遅れてすみませんでした」と深く頭を下げた。
折り目正しと、本人いわく「ぶっとんでいる」という豪胆さ。その二つを併せ持つ22歳は、背筋を伸ばしプロの世界へと乗り込んでいく。
取材・文●内田暁
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「アリゾナ州立大学のテニス部のヘッドコーチとアシスタントコーチが、いずれも素晴らしい方だというのは知っていました。大学に在籍しながらATPポイントを獲得し、プロになった選手も何人か育てているので」
その名将たちの門を叩くべく移った新天地で、松岡は、自分の成長を実感できたという。
「前の大学では、しぶとく粘り強く打ち返すテニスを勧められていたのですが、アリゾナ州立大のコーチたちは、僕の先々を見てくれました。『5年後に、どんなプレーをする選手になりたいのか? そこを今から心がけて試合した方がいい』という風に言ってくれたんです。ヘッドコーチにそう言ってもらえたことで安心して、そこからは一気に自分のやりたいプレーをできるようになったんです」
今の松岡の持ち味は、190センチに迫る長身から打ち下ろすサービスとフォアの強打を生かした、スケールの大きな攻撃テニス。チャンスがあれば前に詰め、相手にプレッシャーを掛けつつボレーも決めていく。今回の東京大会で彼を見た関係者たちも、「フォアがエグい!」「サービスの質もコースもいいなぁ」と感嘆の声を上げていた。
「前の大学にいた時は、どちらかというとつなぎながら、相手のミスを待つテニス。だからいざ攻めようとなった時に、力みすぎてミスも出ていたんです。でも今は、自信を持って攻められるようになりました」と松岡は明言した。
そんな彼に、もっとも自信のあるショットや得意とするポイントパターンを尋ねると……「ドロップショットですかね」の答え。
「そこを売りにしようと思って、すごく練習しているので」
なるほど、ドロップショットのように、やや虚を突かれる返答だった。
この夏に卒業を控えた彼は、その後はプロになることを心に決めているという。
偉大な父と同じ競技、同じ職業に身を置けば、比較されることは避けられないだろう。ただその点に関しても、彼はさほど気に留める風はない。
「子どもの頃は、父が特別な人だということをあまり知りませんでした。自分も、結構ぶっ飛んでいるというか、ネジが外れている方なので」
あっけらかんと、彼は語る。ただここ数年は、テニス選手としての父の大きさを実感しているとも言った。
「高校に入った頃から、こんなに近くに、一番テニスをわかっている人がいるということに気付けたんです。そこからは、父に色々と聞くようになりました。
アドバイスが欲しい時に自分の動画を送ると、丁寧に教えてくれます。最近だと、バックハンドで迷走していた時期に、技術的なアドバイスをもらってすごく助けてもらえました」
『松岡修造の息子』として見られることにも、抵抗はないと言う。
「注目されるのは嫌いじゃない。小さい頃から目立つのは好きだったし、父のおかげで色んな方から興味を持って頂いたり応援してもらえるのは、すごくアドバンテージだと思います」
語り口の実直さにも、父の姿が重なった。
たっぷりとお話を伺ったその最後、彼は再び「本当に、今日は遅れてすみませんでした」と深く頭を下げた。
折り目正しと、本人いわく「ぶっとんでいる」という豪胆さ。その二つを併せ持つ22歳は、背筋を伸ばしプロの世界へと乗り込んでいく。
取材・文●内田暁
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