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国内テニス

河内一真"テニス・イップス"との6年戦争。差を受け入れることから克服への光が…【後編】

内田暁

2020.08.15

 昔に戻るのではなく、今を受け入れ、「新しく作り直そう」と思考を変えたのが4年ほど経った頃。

 打つ前に考える時間があると良くないと感じ、サービスはクイックモーションに変え、ストロークも全てライジングで捕えるようにした。

 適度に疲労を感じている方がイップスが出にくいことに気付き、振り回し練習や腕立て伏せをしてから、試合のコートに向かったこともある。腕やヒジに意識が行くと症状が出るので、イップスになりそうと感じた時には、膝の角度など別のことに注意を向けた。

 それら気の遠くなるような試行錯誤を繰り返し、ようやく「イップスを制御できる」と自信を持てるようになったのが、約2年前のことである。イップスの症状が出はじめた高校3年の夏から、6年の日々が過ぎていた。

 イップスは、今でも完全に消えた訳ではない。「あ、これくるぞ」と、試合中に、嫌なあの感覚に襲われることもある。

 ただ、そのサインを察知できれば、制御できるとの確信が今の彼にはある。それは、6年かけて自分とイップスを分析し、原因と症状、そして対策の組み合わせを何パターンも手元に揃えてきたからこそ獲得した、揺るぎない自信と真の強さだった。
 
 この6年間に、練習や試合のコートで襲われた数々の絶望や屈辱の中で、最もつらいのはどのような時だったか――?
 
 残酷かと思いつつも質したその問いに、彼は数秒黙して虚空を凝視した後、迷いなく一気に言った。

「みんなが、何も言わない時ですね」

 試合に惨敗した後に、ロッカールームに行っても、誰も声を掛けてこない。練習でどんなにミスをしても、相手は文句のひとつも言わない。

「みんなが、自分に対し腫れ物に触るように接していると感じることがありました。みんな気を使って、何も言わない。でも、気を使われているのが一番しんどかった。『どんだけミスしてんねん』と言われる方が、まだマシだった……」

 それでもテニスを辞めなかったのは、今の状況から逃げ出すよりマシだとの思いからか――? その問いに彼は、「逃げたらダサいですよね」と即答する。

「ここから僕が強くなって、日本のトップになったりグランドスラム出られたら、一つの希望になるじゃないですか。イップスになって良かったこともありますし、多少のミスでは全くイライラしなくなったとか。それこそ『ウィズ・イップス』で、自分の一部と受け入れたら、全然……ね」。

 6年に及ぶ長い戦いの追憶の終わりに、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

「希望」――誰かに与えられるのではなく、イップスを克服した自らの手で、その光を灯しにいく。

文●内田暁

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