専門5誌オリジナル情報満載のスポーツ総合サイト

  • サッカーダイジェスト
  • WORLD SOCCER DIGEST
  • スマッシュ
  • DUNK SHOT
  • Slugger
海外テニス

ウクライナのコスチュクがロシア選手に対して抱く不満と葛藤「“No War”は意味をなさないし傷つきもする」<SMASH>

内田暁

2022.03.12

コスチュクと対戦したベルギー国籍のザネフスカも、出身はウクライナの選手だ。両親は今もウクライナにいて、命の危険にさらされている。(C)Getty Images

コスチュクと対戦したベルギー国籍のザネフスカも、出身はウクライナの選手だ。両親は今もウクライナにいて、命の危険にさらされている。(C)Getty Images

「でも結局は、誰もが自分の置かれた環境で戦うしかない。私の仕事はテニスをプレーすることで、それが現状で、私が一番できること。国に戻ってボランティアをすることも考えたが、それよりもテニスをすることの方が役に立てると思った」

 そのような覚悟を胸に渡米した彼女が、初戦でザネフスカと当たり多くの注目を集めたのも、どこか運命的である。

「マリナはもともとウクライナ人。両親はまだウクライナにいて、怯えながら日々を過ごしている。試合後にマリナには『素晴らしい試合だった。信じがたい状況だけれど、きっと全てうまくいく、あなたの両親はきっと大丈夫』と伝えた」

 抱擁とともに交わしたのは、そのような言葉だった。

 大会会場で多くの同胞に会えたことは、大きな慰めになったというコスチュク。ただ同時に、いかんともしがたい心の疼きもあると打ち明けた。

「とても残念なのは、ロシア人選手が誰ひとりとして、私に『申し訳ない、ごめんね』などの言葉をかけてこないこと。1人の選手はテキスト(メッセージ)をくれ、1人の選手とはチャットをした。でも、誰も直接話しかけてくれなかったのは、とても残念。私たちは政治に巻き込まれる必要はない。ただ人間として、何もないことに傷ついた。ロシア人選手たちが、『唯一困るのは、お金を転送できないこと』なんて話しているのを見ると、本当に傷つくし受け入れがたい」
 
 さらには、ソーシャルメディアや一部の選手たちが発信する「No War」の言葉すら、彼女の心に傷を負わせるという。

「私は、賛成ではない。なぜなら、なぜこのような状況になったかは明白だから。誰が誰を侵略しているのか? 誰が誰に爆弾を投下しているのか? それがはっきりしているのだから、中立などにはなりえない。

 私には“No War”は多くの意味を帯びて響く。私たちが降参すれば、戦争は終わるでしょう。でもそんな選択肢はあり得ない。そんな選択がないことは、(2014年の)ウクライナ騒乱の経験上、最初からわかりきっていた。あの騒乱が起きた時、私はキエフにいたからわかる。ウクライナが、ロシアやソビエト連邦に戻ることはあり得ない。だから“No War”は、私にとって意味をなさないし、傷つきもする。道理も具体性も欠いているのだから」

 コスチュクは、「私たちは過去にも自由のために戦ってきた。ウクライナ人であることを、かつてないほどに誇りに思う」と言葉に力を込めた。

 テニスこそが、今自分がすべき最大の戦いだと信じ、彼女はコートへと向かう。

現地取材・文●内田暁

【PHOTO】コスチュクはじめ全豪オープン2022で活躍した女子選手たち
 

RECOMMENDオススメ情報

MAGAZINE雑誌最新号