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モータースポーツ

「もしも…」セナの事故死から26年。ハミルトンが寄せた思いに、誰もが描かずにはいられない"タンブレロの先の未来"

甘利隆

2020.05.01

1994年5月1日、サンマリノGPにて事故死したセナ(左)に今も思いを寄せるハミルトン(右)。(C)Getty Images

1994年5月1日、サンマリノGPにて事故死したセナ(左)に今も思いを寄せるハミルトン(右)。(C)Getty Images

 歴史に「if」は禁物だといわれる。スポーツの世界においても同様だが、「もしもあの時…」と多くの人の記憶に残っている場面は、決して少なくはないだろう。  幼い頃からのアイドル...
 歴史に「if」は禁物だといわれる。スポーツの世界においても同様だが、「もしもあの時…」と多くの人の記憶に残っている場面は、決して少なくはないだろう。

 幼い頃からのアイドル、アイルトン・セナと並んで立つ合成写真と共に「If only…(もしも…)」と自身のSNSにつぶやいた、現役F1王者のルイス・ハミルトンもきっとそんな思いを持つ1人に違いない。

「もしセナがタンブレロ・コーナーを飛び出していなかったら…」

 1994年の5月1日にイモラで行なわれたサンマリノGP決勝レースでのアクシデントにより、F1のアイコン、セナが亡くなってから26年となる。

 ちょうど1年前に「父の隣に座って、4歳か5歳の頃からTVであなたを見ていたのを覚えています。アイルトン、あなたのレースの戦い方が僕を最初から魅了し、このスポーツに引き寄せた。あなたは純粋で完璧なレーサーであり、真のマスター、ヒーローです。あなたは永遠に生き続けます」と語っていたように、8歳でレーシングカートを始めたハミルトンの心の中には、いつもセナの存在があった。
 
 セナはマクレーレン・ホンダで3度のワールドチャンピオン(1988年、1990年、1991年)に輝いたが、1995年、イギリスカートチャンピオンを獲得した10歳のルイスは、ある表彰式で当時のマクラーレン代表、ロン・デニスに「あなたの車に乗ってワールドチャンピオンになりたい」と宣言した。

 2000年にはヨーロッパカート王者となり、日本のツインリンクもてぎで開催された『アイルトン・セナ メモリアルカップ』でも優勝する。GP2タイトル獲得を経て、“マクラーレンンの秘蔵っ子”としてF1へとデビュー。2年目となる2008年、史上最年少(当時)の23歳300日でチャンピオンに輝き、“セナと同じマクラーレンでのF1ワールドチャンピオン”という夢を現実にした。

 カート少年時代からF1でのキャリア前半にかけて、ハミルトンが被っていたヘルメットがイエローに塗られていたのには「パパが見つけやすいように」という理由もあったようだが、もちろんそのデザインはセナを意識してのものだ。近年でもブラジルGPの際には、セナに敬意を捧げたスペシャルデザインのヘルメットで何回か走っている。また、2017年のカナダGPでセナの通算ポールポジション記録(65回)と並び、遺族から故人がロータス時代に使用していたヘルメットをプレゼントされた際には、「震えが止まらなかった」と喜びを表現している。
 

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