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ソフトボール界から競輪界へ挑む “本格派大型新人左腕” 日本競輪選手養成所 第120回生 岩田みゆき

THE DIGEST編集部

2020.07.02

岩田 みゆき(いわた みゆき)。1992年6月14日生まれ。愛知県出身。身長:171㌢。2020年5月に日本競輪選手養成所へ入所した元プロソフトボール選手。

岩田 みゆき(いわた みゆき)。1992年6月14日生まれ。愛知県出身。身長:171㌢。2020年5月に日本競輪選手養成所へ入所した元プロソフトボール選手。

 ソフトボール選手を引退してからわずか1年、シオノギ製薬ポポンギャルズの先発左腕、岩田みゆきは、いま静岡県伊豆市にある、競輪選手養成所の中にいる。勝負の世界から、再びさらに厳しい勝負の世界への挑戦。「力で勝負して、勝って稼ぎたい」。やはり彼女はアスリートだった。

厳しい世界だからこそ、競輪にチャレンジしてみたかった

――まずはこれまでのスポーツ歴を教えてください。

「少年野球から入って、小学5年生から2018年に引退するまでずっとソフトボールです」

――ソフトボール女子のアンダー日本代表歴もあるようですが、中、高とずっとエリート街道を?

「周りのレベルも高かったので、自覚はあまりなかったですけど、背が大きくて、左のピッチャーが貴重だということもあり、最初のほうはちやほやされました(笑)」

――引退時は26歳。ソフトボールの選手としてもまだ若いほうだと思うのですが?

「燃え尽きた、というよりも、限界を感じた。その感覚のほうが近いですね」

――引退後、会社に残る選択肢はなかったのですか?

「もちろん、そのようなお話もありました。シオノギ製薬は本当に選手を大事にして下さっていて、結果が出なくても、正社員と同じだけのお給料をいただけましたし、選手としてもつねに励ましてくれました。
 ただ、勝てない時期が続いた時、そういった待遇や環境について、申し訳ないというか、情けないというか、なんか違うな、って思うようになって。結果を出せればよかったのですが、そう簡単ではなく、さらに自信も失って……」

――ご自分の中で葛藤があったわけですね。

「会社やチームに不満があったわけではなくて、自分で道を切り開いていきたいと思ったんです。退路を断つ思いで、ソフトボール選手引退と当時に退社することを決めました」

――高校、専門学校、社会人とソフトボールありきの人生だったと思いますが、その意味でいままで進路に悩むことはなかったのでは?

「そうなんです! 初めてだったので、ワクワクしてしまって、いろんなことを考えました。それこそ演劇の道へ行こうかな、と思った同じタイミングくらいで、ガールズの黒河内由実選手(長野/110期)から、やってみたらと誘いをいただいたんです。競輪選手という職業を意識したのは、その時が初めてです」

――実際に自転車(レーサー)にまたがったのは?

「引退から2カ月後、2月のガールズサテライトキャンプです。まずはどんなものなのか、乗ってみないと分かりませんし、競輪の知識もまったくなかったので参加しました」

――乗ってみた感想は?

「風を切る感じがしました。全身を使わないと動かなくて、あっという間に身体が悲鳴を上げて。久々のその感じが気持ちよかったんです」

――そういった感覚はやはり根っからのアスリートなんですね。

「今しかできないことですし、厳しい世界だからこそ入ってみたかった。そこからは100%競輪でした」

――その後、日本競輪選手養成所に入所するため「T-GUP」に参加していますね。そのプログラムについて教えてください。

「豊橋ガールズケイリン育成プロジェクトというもので、女子競輪選手育成を目的に豊橋競輪が実施しています。コーチや専門家の指導のもとでトレーニングをする特別なプログラムで、最高の環境が整っていました。私はその7期生です。9月の試験が終わってからも実際に入所する翌5月まで支援してもらえます」

――「T-GUP」の対象者になるためには試験があるのですか?

「スポーツの実績が評価の対象となり、あとは面接です。自分のやる気をしっかり伝えました」

――ピッチャーということで体力も筋力もあったと思いますが、自転車で苦労したところは?

「力任せではすぐダレてしまって、最初は悩みました。それからソフトでは先発ピッチーだったのですが、どうしても力を分散してしまう傾向があって、コーチから『30秒ですべてを出し切れ!』と言われても、それができなくて……。“1本集中”を積み重ねていくことで、さらに鍛えられると理解はしていても、なかなかできない。いまも修正中です」
 

――それでも、4月から約半年で、合格まで持っていくのは、たいへんだったのではないですか?

「締め切りまでに技能試験の合格の目安タイムになかなか届かず、周囲のアドバイスもあって、適性試験で受験することにしました」

――適性試験もけっして簡単ではないですよね?

「1次試験の筋力測定は、ソフトボールの実績が評価されて免除になりました。2次試験は固定式自転車(ワットバイク)による走行テストと面接です。やる気には自信ありましたから(笑)。お世話になった人のために入所試験には必ず合格したかったので、まずはホッとしました」 <次のページへ続く>

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