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格闘技・プロレス

オカダ・カズチカが熱望したアントニオ猪木との“夢”は途絶える。それでも「燃える闘魂」は永遠に受け継がれる【追悼コラム】

どら増田

2022.10.02

 1998年4月4日に東京ドームで7万人もの大観衆を集めて華やかに引退した猪木氏。その後は新日本に介入しながら、小川直也をエースにした新団体「UFO」をはじめ、格闘技イベント「PRIDE」やイノキ・ボンバイエに加担。次第に格闘技ブームに押されてしまった新日本とは反目する立場をとるようになる。

 2005年11月にゲーム制作会社のユークスに自身が保有する新日本の株を売却。これを機に猪木氏は独自路線を歩むようになり、新日本とは疎遠となった。

 だが、近年の猪木氏は長州や前田、古舘伊知郎アナウンサーら疎遠だった弟子や関係者と連絡をとり、食事会を設けていたという。新日本にも2020年1月にライガーが引退した際にはビデオメッセージを贈り、お馴染みの「1.2.3.ダァー!」を披露していた。
 
 雪解けも見えていた今年は新日本にとって創立50周年の節目を迎える年でもあった。2.20北海道きたえーる大会では、IWGP世界ヘビー級王座を防衛したオカダ・カズチカが「今日、2月20日は猪木さんの誕生日ですから。この防衛をプレゼントとして、お返しは新日本プロレスのリングでお待ちしております」とラブコール。オカダはリング上でも猪木氏の来場を呼びかけていた。

 しかし、創始者を再びセルリアンブルーのリングに上げるという夢は叶わなかった。新日本プロレスの主力選手の多くがイギリス遠征中であったため、その訃報を遅れて伝えられたという。

 やはり、猪木氏が再び新日本のリングに上がれなかったのは残念でならない。しかし、かつて誰もが熱狂した「燃える闘魂」は、新日本のリングはもちろん、アメリカの「WWE」など、各国の格闘技イベントでも燃え尽きはせず、永遠に受け継がれていくはずだ。

 合掌。

※一部敬称略

文●どら増田

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