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食と体調管理

「自分の可能性は自分にしか開けない」後悔を糧にして掴んだ夢のメダル。元体操日本代表・村上茉愛の挑戦と日々を支えた食習慣

元川悦子

2024.07.01

写真:GettyImages

写真:GettyImages

――大学卒業後は、師事していた瀬尾京子さんの指導をそのまま受けるべく、そのタイミングで発足した「日体クラブ」に残る形になりました。

 大学の寮に残って暮らし、18歳の若い選手と一緒に練習する日々でした。それは正直、厳しい部分もありましたけど、東京を目指すうえで環境を変えるのはリスクが大きすぎるという判断もあって、日体に残ってトレーニングを続けました。

 待遇的には「体操が仕事」ということで、一応、給料をいただいて、昼練習と夕方練習の間の時間をケアに充てるといった形でした。さまざまな葛藤や迷いもなかったわけではないけど、リオの悔しさがあったから頑張れた。あれがなかったら、五輪に出るだけで満足していたかもしれないなと。その気持ちを忘れないように、一生懸命、取り組みました。

――そして本番を迎えようとしていた2020年にコロナ禍に突入。まさかの五輪1年延期が決まりました。

 出場予定のアスリートには事前に伝えられるのかなと思っていたのですが、携帯のニュースではじめて知ってすごい衝撃でした。私のなかで「延期が決まったらもう体操はやらないって言おう」という気持ちもあって、でもやめると言えない自分もいたし、そんな終わり方も嫌でした。自分の考えを発表するタイミングもない状態だったんで、「とりあえず休むだけ休むか」という気持ちになりました。

 自粛期間は3カ月くらいあったと思うのですが、その期間は「今、体操をやらなくていいんだ」という感覚で、いったん競技から離れた生活でした。ずっと切羽詰まった状態で東京に向けて必死で進んでいたので、緊張感や緊迫感から抜け出せなかった。その分、休めたことはすごくポジティブでしたし、自然と気持ちも前向きになり、気づいたらまた練習が始まっていました。最初は「1年また練習するのか。キツイな」という感覚はありましたけど、それもなくなっていきましたね。
 
――いいリフレッシュになったんですね。そして迎えた2021年夏の東京五輪は?

 無観客で試合をするのが辛かったですね。両親も普通にチケットに応募して、外れたのに、知り合いの人に譲ってもらえって来るのを楽しみにしていたので、体操場で見せられなかったのはすごく残念でした。

 ただ、五輪に対しては「夢を叶えられるところまで来ている」という感覚を持てていました。自分はもともと得意な床で五輪のメダルを取りたいというイメージを描いていて、そこから個人総合、チームでもメダルというのが大きな夢になった。そこに近づいている喜びがあったんだと思います。

 実を言うと、床の日の朝に表彰台に乗っている夢を見たんです。その時は1位だったんですけどね(笑)。それで本番前練習にのぞみましたけど、何をやってもすごくいい感触があったて、「今日はイケる日だな」という確信がありました。「夢で見たことを話してしまうと叶わない」と聞いていたので、夢のことはずっと黙っていました(笑)。

 実際の本番の時もゾーンに入っている感覚だった。アスリートは気持ちで左右されると思いますけど、最終的にはメンタルが強い人が勝つのかなと。結果的には3番だったけど、夢で見た景色と一緒でした。大学時代の仲間も試合中にLINEのメッセージを送ってくれたりしましたし、みんなに励まされて表彰台に上がれたんでしょうね。

――集大成を最高の形で終えて、2021年に引退されました。

「どういう結果でも東京で引退する」と決意していたので、自分の中ではやり切ったという感じです。体操を普及し、日本を強くするための活動に力を入れていきたいと思いながら、今は日々を過ごしています。
 

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