4月8日は、アメリカ野球界で最も神聖視された記録の一つが破られた日である。1974年のこの日、ハンク・アーロン(アトランタ・ブレーブス)が放ったシーズン第2号が通算715本目のホームランとなり、ベーブ・ルースが持っていたMLB記録を更新したのだ。
前年終了時に713本としていたアーロンは、4月4日の開幕戦でさっそく1号本塁打を放り込み、ルースに並んでいた。しかし開幕3連戦の舞台はシンシナティ。営業的な観点からすれば、ブレーブスが本拠地アトランタでの記録達成を望むのは当然で、次の試合は欠場させた。これに対し、コミッショナーのボウイ・キューンは3戦目に出場させるよう直々に指示を出す。意図的かどうか、この試合アーロンは3打数無安打で、達成は無事8日の本拠開幕戦へ持ち越された。
対戦相手はロサンゼルス・ドジャース。第2打席、アル・ダウニングの速球をアーロンが打ち返すと、ボールは左翼フェンスを越えブレーブスのブルペンに飛び込んだ。ベースを回っているときの感情の昂ぶり具合を、アーロンは「泡の上を歩いているようだった」と表現している。
ルースはメジャー・リーグ史上最も人気のある選手であり、その偉大な記録を黒人のアーロンが破るなど許しがたいと考える連中もいて、脅迫状が送りつけられるなどいやがらせが続いていた。そうしたことを考えると、新記録が達成された試合の相手が、ジャッキー・ロビンソンと契約して黒人に門戸を開いたドジャースだったのは(投手のダウニングも黒人)、必然だったようにも思えた。
この日は日本のファンにとっても思い出の日になっている。2003年、巨人からFAとなってニューヨーク・ヤンキース入りした松井秀喜は3月31日のブルージェイズ戦でデビュー。だがその試合が行なわれたのはトロントで、続くデビルレイズ3連戦もタンパ。ヤンキー・スタジアムでの本拠デビューは、7戦目のミネソタ・ツインズ戦までお預けになっていた。
前年終了時に713本としていたアーロンは、4月4日の開幕戦でさっそく1号本塁打を放り込み、ルースに並んでいた。しかし開幕3連戦の舞台はシンシナティ。営業的な観点からすれば、ブレーブスが本拠地アトランタでの記録達成を望むのは当然で、次の試合は欠場させた。これに対し、コミッショナーのボウイ・キューンは3戦目に出場させるよう直々に指示を出す。意図的かどうか、この試合アーロンは3打数無安打で、達成は無事8日の本拠開幕戦へ持ち越された。
対戦相手はロサンゼルス・ドジャース。第2打席、アル・ダウニングの速球をアーロンが打ち返すと、ボールは左翼フェンスを越えブレーブスのブルペンに飛び込んだ。ベースを回っているときの感情の昂ぶり具合を、アーロンは「泡の上を歩いているようだった」と表現している。
ルースはメジャー・リーグ史上最も人気のある選手であり、その偉大な記録を黒人のアーロンが破るなど許しがたいと考える連中もいて、脅迫状が送りつけられるなどいやがらせが続いていた。そうしたことを考えると、新記録が達成された試合の相手が、ジャッキー・ロビンソンと契約して黒人に門戸を開いたドジャースだったのは(投手のダウニングも黒人)、必然だったようにも思えた。
この日は日本のファンにとっても思い出の日になっている。2003年、巨人からFAとなってニューヨーク・ヤンキース入りした松井秀喜は3月31日のブルージェイズ戦でデビュー。だがその試合が行なわれたのはトロントで、続くデビルレイズ3連戦もタンパ。ヤンキー・スタジアムでの本拠デビューは、7戦目のミネソタ・ツインズ戦までお預けになっていた。